歪んだ月が愛しくて3



立夏Side





「ようこそ神代家へ!」



応接間を出た後、俺は葉桜先生の後に続いて赤絨毯が敷かれた長い廊下を歩いていた。
本邸の玄関ホールを横切って中央階段の奥に続く扉から中庭に出たところで、突然葉桜先生が足を止めて振り返り上記のような大声を上げた。
何を今更…、と内心思いながら俺はあえて無表情に徹した。



「テンション低いわね。まあ、立夏くんは初見じゃないから今更感動もないか。このお屋敷に足を踏み入れてそこまで平然としてる人はまずいないわよ、流石リリー様ね」



それは含みのある笑みだった。
態とらしく俺を“リリー”と呼ぶ辺り挑発されているのかもしれない。
俺の出方を伺っているのか、葉桜先生はこの場に誰もいないことを確認してから本来の砕けた口調に戻した。
先程までの畏まった口調も違和感しかなかったが、いつもの服装とは真逆のお堅いスーツを身に纏う今、逆にこの砕けた口調が不自然に思えて来た。



「慣れてるので」



平静を装うことには慣れている。

いくら初めての場所ではないとは言え、久しぶりにこの絢爛豪華な世界に足を踏み入れて何とも思わないわけがない。



そんな彼女の真意が知りたくて態と素っ気なく返した。



「でも流石の立夏くんも未空坊ちゃんが神代家の養子だってことは知らなかったみたいね。凄く驚いていたもの」



どこかで見てたのか…。

と言うことはまもちゃんとの会話も一部始終知ってるってことか。



「あれほど溺愛されてるのに何も聞いてなかったのね。他の3人からも?」

「……知る必要ありませんから。未空の姓が本当は“神代”であってもそれで何かが変わるじゃない。俺からしたら仙堂でも神代でもどっちでもいいです」



すると葉桜先生は眉を顰めて「断言しちゃうのね…」と小さな声で呟いた。
本来なら俺の耳にも届くことはない声だったのだろう。
でも葉桜先生の顔色が変わったことが気になって、無意識にその声を拾ってしまっていた。



「貴方のそう言うところがあの方々の心を射止めたのかもしれないわね…」

「………」



葉桜先生が言う“あの方々”がまもちゃん達のことを指しているのは分かる。
でも…、それで何でそんな悲しいように笑うのかが分からなかった。
何か余計なことを言ってしまったのかと考えを巡らせるが、悲しいことに何も思い付かない。
相手の出方を見るためにあえて口数を減らしたと言うのに、何でこんな罪悪感を抱かなくてはならないのだろう。だからと言って無視するわけにもいかず、この微妙な空気のまま葉桜先生と別れるのも気が引けるためどうしていいのか分からず内心オドオドしていた。
そんな雰囲気が伝わってしまったのか、不意に葉桜先生が「ふふっ」と口角を上げた。



「もしかして…、立夏くんって女性に免疫なかったりする?それとも御幸の坊ちゃんみたいに無類の女好きだったりして?」

「いや、そんなことないと思いますけど…」

「じゃあ無意識ってこと?その歳で…、末恐ろしいわね」

「何がですか?」



先程までの悲しげな表情は一変し、葉桜先生は顎に手を当てて何やら真剣に考え込む素振りを見せた。



この人ふざけてるのか?

それとも俺で遊んでるだけ?



先程までとの落差に葉桜先生の真意が余計に分からなくなった。


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