歪んだ月が愛しくて3
神代家の中庭は本邸と別邸を繋ぐ中間地点にあり、それぞれの邸宅を行き来するには必ずこの中庭を経由しなければならない。
しかしこの中庭は聖学の中庭と同様に広大な面積を有しており、それぞれの邸宅を行き来するには中々骨が折れる距離にあった。
まず神代家の中庭は大きく分けて四つの見所がある。
本邸を出て真正面に見えるのは“ウォーターテラス”と呼ばれるエリアだ。中庭の中心部に作られた壮麗な噴水と数々の小さい池、シンメトリックで幾何学模様の緑のコラボが心地良い空間となっている。
本邸を背にして向かって右手にあるのが“ローズガーデン”、左手には“リリーガーデン”と呼ばれる一画があり、その名の通り季節毎に咲き誇る見事な薔薇と百合をモチーフにした空間となっている。この二箇所にはガゼボが設置されており、天気が良い日には屋外で昼食やアフタヌーンティーを楽しむことが出来る。
それぞれの花の季節になると赤・白・黄色・ピンクなどとても鮮やかでそれぞれの香りが周囲を包み込む。
またそれぞれの花が終盤を迎える頃にはラベンダーの花が咲き誇る華やかなエリアである。
そしてこの“リリーガーデン”こそが俺の無知な一言によりラベンダー畑を一掃して作られた場所だった。その経緯については葉桜先生も知っていたようで「あたしだけじゃなくこの家で働く人間は皆知ってるわよ。この庭の発案者がリリー様と呼ばれる小さな尊き方だってことはね。勿論お坊ちゃん2人も知ってるわ」と若干揶揄われた。解せん。
「でも安心して。確かにこの家の人間はリリー様の存在そのものは知ってるけど、リリー様の正体を知ってる人間はごく一部だけだから。姿形はおろか性別すら分かってないのが現状よ」
「まあ、女の子みたいな名前ですからね…」
「でも立夏くんにピッタリな名前だと思うわよ」
「どこがですか」
そんな話をしながら行き着いたのは、この庭園の最後の見所“シークレットガーデン”と呼ばれる巨大迷路だった。
小さな子供が思いっきり遊べるプレイエリアで、日本最大規模の生垣で造られた本格的な迷路となっており「この迷路を制覇出来た者だけが別邸に足を踏み入れることが出来る」と一種のアトラクションチックで語り継がれている遊び心満載のエリアである。
このエリアに苦戦する使用人達の顔が目に浮かぶ。
小さい頃、この迷路に1人で入った俺を必死になって捜し回った父さんの姿が懐かしい。
「こんなところに自分から閉じ篭もるなんて何考えてるのかしらね…」
不意に葉桜先生は視線を上げて“シークレットガーデン”の向こうに見える別邸を視界に入れてそう呟いた。
「……未空のこと、ですよね?」
「ええ。何でも屋敷に着いてすぐ自室に篭ったそうよ、御大様にご挨拶もなしにね」
つまり未空の自室は別邸にあるのか。
いくら養子とは言え神代の籍に入ってるんだから本邸に部屋を構えていても可笑しくないのに。
寧ろ不自然とも言える。こんなあからさまなことをまもちゃん達がするとは思えないからきっと本人の意志なんだろう。
差し詰めこの“シークレットガーデン”は未空にとっての要塞ってことか。あからさまなのは未空の方ってわけね。
(その気持ちは分からなくもないけど…)
ただ葉桜先生にとってはそれが面白くないようだ。
「行きましょうか」
「……はい」