歪んだ月が愛しくて3



「さあ、着いたわ。ここが未空坊ちゃんの自室よ」



そう言いながら葉桜先生が部屋の扉を3回ノックしても中からの反応はなかった。
それにピキッと顔を引き攣らせた葉桜先生が「あの意固地…」と小さな声を漏らして今度は先程よりも乱暴に扉を叩いて外から声を掛ける。



「ちょっと、中にいるんでしょう?返事くらいしたらどうなの?」



それでも中からの返答はない。
すると葉桜先生は最終兵器と言わんばかりに部屋の外から嫌味ったらしい口調で声を張り上げた。



「あっそ〜。だったら仕方ないわね。坊ちゃんのために態々遠いところまで足を運んでくれた立夏くんには悪いけど、君が部屋から出て来ないんじゃ立夏くんには帰ってもらった方がいい…、」



途端、部屋の中からドタバタと音がした。
すぐさま開かれた扉から出て来たのは血相を変えた未空だった。



「リ、カ…、何で…っ」



未空は俺の顔を見て酷く驚いた表情を見せた。
差し詰め何で俺がここに辿り着くことが出来たのか不思議に思っているんだろう。
祭りの時の格好のままと言うことは未空自身も今の状況を把握しきれていないのかもしれない。そんな中、何食わぬ顔で俺が現れたから余計に混乱させてしまったようだ。



「心配で来ちゃった。……ごめん、余計なことだった?」

「っ、」



バツが悪くて苦笑する俺に未空は勢い良く飛び付いた。
俺を抱き込む2本の腕が逃さないと言わんばかりに強さを増す。
その力強さと余裕のなさが未空の心情を表しているように思えた。



「そんな顔しなくてもあたしは何もしてないわよ。御大様のご命令で立夏くんをここまで案内しただけなんだから」



どうやら未空は俺に抱き付きながら俺の後ろにいる葉桜先生を睨み付けていたようだ。



「良かったわね。坊ちゃんのために駆け付けてくれる優しいオトモダチがいて」

「………」



この体勢では未空の顔が見えない。
でも直接顔を見なくても良い顔をしてないのは分かる。



「あー、はいはい。とっとといなくなってあげるわよ。本当そう言うところは尊にそっくりなんだから…」

「葉桜先生、ここまでありがとうございました」

「お礼なんていいのよ、御大様のご命令なんだから。それじゃあ一旦ここを離れるわね。適当な時間になったらまた呼びに来るわ。その間に立夏くんの部屋を整えて置かなくちゃ」



「またね〜」と軽口を叩くものの最後に一礼してからこの場を離れる、葉桜先生。

そんな彼女が俺達に背を向けた瞬間、未空は俺の腕を引いて部屋の中に引き摺り込んだ。



「リカ!会いたかった!」



部屋に入った途端、未空は再び俺を抱き締めた。
「アイツに何もされなかった?大丈夫?」と未空は俺の身体を離すことなく俺の耳元で忙しなく声を上げた。
その必死さがあるはずのない俺の母性を擽り、目の前にいるこの子供を安心させてやりたいと強く思った。
未空の背中に両腕を回して背中を上下に摩りながら極力優しい声で何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
すると効果があったのか、未空の雰囲気が一変した。未空は俺を抱き締めたまま顔だけを上げて。



「さっきリカの部屋って言ってたけど…、リカもここに泊まるの?」

「あー…うん。もうこんな時間だから今日はご厚意に甘えて泊まらせてもらうね」

「今日だけじゃなくてもいいじゃん!明日も明後日も、その次も…っ」

「いやいや、流石にそれは申し訳ないって言うか気が引けるって言うか…」

「そ、だよね…。いくらリカが鋼の心臓の持ち主でもこの家じゃ落ち着かないよね…」

「ん?それは何気にディスってるのかな未空くん?」

「別邸で5年くらい暮らしてる俺だって未だにソワソワしちゃうもん。リカが居辛さを感じても当然だよ」

「はい、聞いてなーい」


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