歪んだ月が愛しくて3
「自分のことを一番に考えてどこが悪いの?」
「え…、」
「俺だって一緒だよ。自分が養子だってことをずっと周りに隠してた。多分、カナが聖学に来なければ皆に打ち明けることはなかったと思う。正直話したところで何も変わらないし、自分のことだから皆には関係ないと思ってたし…」
「………」
「話す話さないを決めるのは自分だよ。誰に強要されることでもない。誰かに聞いてもらいたいと思った時に初めて自分の口から打ち明けるものだから、未空がまだ言いたくないと思ったならその気持ちに素直に従うべきだと俺は思うよ」
「……リカも、そうだったの?」
「そうだね。カナと和解することが出来たから一旦区切りを付けたかったのかも。まあ、会長辺りは初めから知ってたみたいだから何か隠してるのがバカバカしくなったって言うものあるけど。てか、それ言っちゃうと未空より俺の方が性格悪くない?俺なんてただ開き直っただけだし、正直まだ未空に話せてないこともあるから…。だから俺も一緒。それに俺は未空を卑怯者だと思ったことは一度もないよ」
「っ、」
不意に未空の頭が俺の肩に乗る。
顔を隠すためのその行為に一瞬だけナツを思い出させたが、ツンデレ属性のナツとは違い未空のこれに何の意味があるのかまでは俺には分からなかったのでとりあえず未空の背中に片腕を回してポンポンとあやした。
「前にも言ったけど、俺は未空の気持ちを無視してまで話して欲しいとは思ってないよ。言いたくないなら一生言わなくてもいい。そんなことで親友を辞めたりしないから心配しないで。……ただ少しでも未空が俺に話してもいいって思ったら、その時は聞かせて?」
そっと未空の身体を離してベッドから降りる。
そんな俺を不安げな表情で見つめる未空が「どこ行くの…?」とか細い声を漏らす。
その声に後ろ髪を引かれないかと言われたら否定出来ないが、今は未空にも考える時間が必要だと思い一度未空の傍を離れる決断をした。
「もう遅いから今日は部屋に戻るね。未空も今日は色々あったから疲れたでしょう。ゆっくり休んで頭ん中リセットしなよ」
「ま、待ってリカ!俺…っ」
「大丈夫。未空を1人残して帰ったりしないから。だから安心してゆっくり休んで」
そう言い残して未空の返答も聞かずに部屋を出た。
暫く部屋の扉に寄り掛かっていたが、未空が飛び出して来る気配はなかったので一応納得してくれたのだろう。
考える時間が必要だと言うことは未空自身も理解しているようだ。
「さてと」
とりあえず本邸に戻るか。
葉桜先生には後で迎えに来るとは言われたがずっとここで待っているわけにもいかないし、本邸に戻りながら葉桜先生か田中さんを見つけて部屋まで案内してもらおう。
別邸の中をゆっくり歩きながら見事なステンドグラスに心を奪われていると、ロングスカートのメイド服を身に纏う20代くらいの黒髪の女性に背後から声を掛けられた。
「りっ、立夏様でございますか?先程尊坊ちゃんがご到着されましたので本邸までご案内させて頂きますっ!」
「会長が…?」
その言葉でここが神代家であること、そしてここが会長の実家だと言うことを改めて実感させられた。
ここが会長の実家なら会長が帰って来るのは当然のことだが、それで何で俺が呼ばれるのか分からなかった。
こう言う時って赤の他人の俺ではなく家族である未空を呼ぶのが普通ではないだろうか。若しくは今の未空の状況を察して未空の代わりに俺を呼んだのか…。
何はともあれ俺は彼女の後について別邸を出た。
彼女の案内で中庭を歩きながらどうでもいい会話を投げ掛ける俺に、彼女は面倒な顔一つ見せることなく付き合ってくれた。
彼女の名前は梅花さんで、高校を卒業後神代家のメイドとして住み込みで働いているとか、会長がまもちゃんの指示で急遽海外支社から帰国したとか、ひーくんとレンちゃんも今こっちに向かってるとか等々…。
「あの、質問してる俺が言うのも何なんですけど、それって俺が聞いてもいい話なんですか?」
「はいです!大旦那様から立夏様は特別なお客様なので出来る限りの要求を叶えて差し上げろとの指示を受けました!ですから何なりと私共にお申し付け下さいませ!」
それとこれとは関係ない気がするんだけど…。
やけにテンションが高い梅花さんはまもちゃんの命令で俺の専属メイドに抜擢されたらしい。
まもちゃんが何を考えてそんな命令を下したのか知らないが、彼女は嫌な顔をするばかりかキラキラと目を輝かせて「光栄です!」と何故か感極まっていたので既に決まった人事について余計な口を挟むことはしなかった。
ただまもちゃんが俺を“特別なお客様”とあえて公言したことは気になった。