歪んだ月が愛しくて3



「お前が…」



酷く驚いた顔で俺を見つめる、会長。
何でそんな顔をするのか俺には分からなかったが、恐らくその元凶がまもちゃん達だと言うことは何となく分かった。
葉桜先生もやけに“リリー”の名を強調していたから大方まもちゃん達が俺のあることないことを大袈裟に風聴したに違いない。



「……まもちゃん、会長に何言ったの?」

「何、事実を話したまでじゃよ」

「誇張してないって言い切れる?」

「勿論」



どうだか…。



自分で言うのもなんだけど、まもちゃん達は人一倍俺に甘い気がする。
何をやっても怒られたことはないし、寧ろ褒められたり可愛がってもらった記憶しかない。
中庭の改装も温室でぶっ倒れたことも本当だったら迷惑を掛けたと非難されて当然なはずなのにただただ心配されただけだった。
あの時は「優しい人達だから」とその一言で彼等をまとめていたが、優しいだけの人間がいるはずないと言うことを身を持って知った今、まもちゃん達の好意を素直に受け取ることが出来なかった。
こんな俺を知ったら嫌われてしまうかもしれない。
折角可愛がってやったのに恩を仇で返すとは…、とか言われたらきっと立ち直れないだろう。
何よりもこんな俺に親切な彼等を心の底から信じきれない自分に失望した。



「まあ、見た目は間違ってないが…」



……ん?


見た目?



不意に漏らした会長の一言により俺はまもちゃんの元まで歩み寄りグッと顔を近付けた。



「やっぱり変なこと言ったんでしょう?会長に何言ったの?」

「リリーと出会って生まれて初めて“目に入れても痛くない”と言う感覚が分かった、と話したことはあったかもしれんな〜」

「本当にそれだけ?」

「ああ」

「ならいいけど……って良くない!もしかして葉桜先生にもそう言うこと言った?あの人も何か誤解してるっぽいんだけど」

「誤解?もしそうだとしたら儂の方で今一度この家にいる全ての人間に対してリリーへの認識を徹底させよう。儂がどれほどリリーを可愛がっておるか、神代にとってリリーがどれほど大切な存在かを」

「それが誤解だって言ってんの!神代にとってとか大袈裟なこと言わないでよ!俺のことはまもちゃん達が可愛がってくれたらそれでいいじゃん!そんな神代の総意みたいなこと言ったら会長や葉桜先生とかこの家にいる全ての人達に迷惑が掛かっちゃうよ!」

「ふむ、その辺についてはリリーの認識不足は否めんの。まあ、休み中はリリーがうちに滞在すると言質を取った今それについては追々でいいじゃろう。愚孫等にも今一度念を押しておこうと思っていたところじゃからな」

「へ?」

「いや、こっちの話じゃよ」



俺の前では常に笑顔を崩さないまもちゃんは偶に含みのある笑みを浮かべることがある。
そう言う時は大抵良からぬことを考えてる時だが、その良からぬことが何なのか俺には見当も付かなかった。
しかしそんなまもちゃんを訝しげに見つめる会長にはある程度の見当は付いていたのかもしれない。



トントントン



「失礼致します!お部屋の用意が整いましたので立夏様をお部屋へとご案内させて頂きます!」



メイドの梅花さんが再び俺を呼びに戻って来た。
葉桜先生が部屋のことについて何か言ってたけど、梅花さんが俺の専属になったと言うことは今後俺の身の回りの世話はこの人が担当するのだろう。



そうしたら葉桜先生は…。



そんなことを考えていたせいか無意識に会長を見つめていた。
俺の視線に気付いた会長が若干眉を顰めて「どうした?」と尋ねるが、今この場で会長の身の回りのことは葉桜先生がするんですか?とは聞けず何でもないと言って会長から視線を逸らした。



「ああ、もうこんな時間か。夜分に忙しなくさせてすまなかったの。もう遅いから積もる話はまた明日に持ち越しじゃ」

「でもまだひーくん達が戻って来てないんじゃ…」

「彼奴等の時間は読めんからリリーは先に休んでいなさい。儂等もすぐに解散するから。明日の朝食の時にまた会おう」

「うん…。分かった」



ひーくん達が帰って来てない状況で休むのは忍びなかったが、ここはまもちゃんの言葉に従って大人しく引くことにした。



「部屋まで送る」

「えっ、いいよそんなことしなくて。会長だって今まで仕事して疲れてるんだから」

「疲れてない」

「嘘。さっきまで海外支社にいたって聞いたよ。言いそびれちゃったけど仕事お疲れ様。俺なんかよりも会長の方が疲れてるんだから早く休んでよ」

「仕事なんて大したことはしてねぇよ。無駄に移動時間が長かっただけだ。それに飛行機の中で仮眠も取ったしな」

「飛行機の中で仮眠取るのとベッドで横になって寝るのでは全然違うじゃん。てか、いつの間に海外に行ってたの?昨日一緒に晩飯食ったよね?あれって夢?」

「勝手に夢にしてんじゃねぇよ。お前と飯食った後にすぐ学園を出てプライベートジェットで日本を発ったんだよ」

「そうだったんだ…」



だったら尚更疲れてるはずなのにそれでも会長は俺を部屋まで送ると断固として譲らなかった。
俺としてはそこまで頑なに断る理由はなかったが、薄らと見える目元の隈が気になって会長には兎に角早く自分の部屋で休んでもらいたい思いだった。
するとそんな俺の心情を読み取ったまもちゃんが「尊、お前にはまだ話があるからここに残れ」と会長を引き留めてくれた。



「話?」

「ああ、お前にとってもうちにとっても重要な話だ」

「………」

「じゃあ俺はお邪魔だから先に部屋に戻らせてもらうね。お休みまもちゃん、会長」

「あ、ああ…」

「お休み。ゆっくり休むんじゃぞ」



“藤の間”を出た俺は梅花さんの後に続いて赤絨毯が敷かれた長い廊下を歩く。
その途中で壁に掛けられた時計が目に入り、現在の時刻が午前0時を回ったことに気付いた。
時間が経つのはあっという間だと思う一方、当分の間は神代家に滞在することを哀さんとヤエに連絡しなければいけなかった。
もうこんな時間だから既に俺のスマートフォンの通知が大変なことになっているかもしれないが、ここで何の連絡も入れなかったらそれこそ強行手段に出るかもしれないので哀さんへの連絡は必須だった。
ヤエにも面倒なことを頼んでいる手前、部屋に戻ったら今後の方針を話し合わなければならない。



(あのチャカ、どうして…)



その疑問を解消するためには奴等の口を割らせるしかない。


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