歪んだ月が愛しくて3



セクハラ男を梅花さんに任せた俺達は葉桜先生の後に続いて“鈴蘭の間”に向かった。
“鈴蘭の間”はグレートホールの一つで家族専用の食堂として利用されている。
青と金を基調とした室内の天井にはもうすっかり見慣れてしまったシャンデリアと壁には見たこともない絵画がいくつか掛けられ、見目美しいステンドグラスの置物がシャンデリアの光に当てられて朝だと言うのに幻想的な雰囲気を放っていた。
そして部屋の中心にある長テーブルにはまもちゃんを上座に、それぞれが自分の席に座って俺達の到着を待っていた。



「失礼致します。未空坊ちゃんと立夏様をお連れ致しました」

「遅くなってすい…「リリー!!」



“鈴蘭の間”に通された直後、挨拶をする間も無く誰かが俺に飛び付いて来た。
女性らしい柔らかな感触と長い金髪から漂うホワイトリリーの香りが幼い頃の記憶を蘇らせた。



「おはよう。久しぶりだねレンちゃん。昨日は2人が帰って来る前に寝ちゃったから挨拶出来なくてごめんね」

「いいのよそんなこと!私達の方こそリリーの安眠を邪魔しちゃってごめんなさいね!でも凄く会いたかったわ!」

「俺もだよ」

「ああ、私の可愛いリリー♡その可愛らしい顔をよーく見せて頂戴。幼い頃は白百合の化身のように愛らしく可憐な笑顔を振り撒いていたけれど、今ではすっかり大人びた表情もするようになったのね。まるで夜空に浮かぶ月のように凛々しく、そして時折儚げな憂いを帯びた微笑みでこの世の全ての人々を安寧に導く天使…、いえ最早女神ね。ああ、その美しさと愛らしさを併せ持つ美の女神が今ここに…、私の腕の中にぃ…っ」

「噛み締めてくれるのは有難いんだけどもう少し加減してくれると嬉しいな」

「久しぶりだなリリー。いつもレティがすまない」

「ひーくんも久しぶり。レンちゃんは相変わらずだね」

「禁断症状だろう。定期的に顔合わせてればここまでにはならないさ」



それは俺に定期的に顔出せって言ってるのかな?

聞き返して肯定されても面倒だからスルーさせてもらおう。



「おはようリリー。昨日はよく眠れたか?」

「うん。ありが…「大旦那様!」



その声はまもちゃんと話す俺の言葉を遮った。
未空はレンちゃんに抱き付かれたままの俺を素通りしてひーくんや会長に目もくれず一目散にまもちゃんの元に向かった。
すると何を言い出すのかと思ったら。



「お願いがあります!あの警備員をクビにして下さい!」



突然のことにこの場にいる俺と葉桜先生以外の人間は未空の発言に困惑した。
それを声に出す者は誰もいなかった。あのレンちゃんですら空気を読んで言葉を閉ざし未空の出方を伺っているように見えた。
そして未空に名前を呼ばれたまもちゃんは未空の怒ったような真剣な表情を見て冷静に対処しようとしていた。



「……何があった?」



いやいや、ちょっと待ってよ。
未空のこの感じから察するに未空が言おうとしてることは何となく分かる。
でもそれを今この場で話す必要はある?
よりによって皆が揃ってるこの場でさっきの話をしたら…。



すると未空が徐に膝を曲げて絨毯が敷かれた床に土下座しようとするから、俺は咄嗟に未空の身体を後ろから抱き込んでやめさせた。



「ちょっと待って!未空落ち着いて!俺はもう大丈夫だから!」

「何が大丈夫なの!?あんなことされて大丈夫なわけないじゃん!そもそも俺が大丈夫じゃない!あんな奴とリカが同じ空間にいるなんて許せないよ!それにさっき言ったでしょう、俺はリカを守るためなら土下座でも何でもするって!」

「だからってこんな皆がいるところで態々話す必要はないよ!そもそも未空が土下座する必要なんてないんだから!」



そう言った直後、背後から肩を掴まれて振り返った。



「未空、立夏の言う通りここではそんなことする必要はない」

「会長…」

「みーこ、でも俺…っ」

「落ち着け。何があったか一から説明出来るか?」

「僭越ながら私がご説明させて頂きます。先程中庭を巡回していたところ別部隊の巡回中の近衛隊員が大旦那様の大切なお客様である立夏様を不審者と誤認しただけでなく無礼な態度で立夏様をぞんざいに扱い、あろうことか自身の欲望を満たすためだけにみだりに職権を濫用し不必要に立夏様のお身体に触れていたところを未空坊ちゃんが発見。またその未空坊ちゃんに対しても蔑むような言動が見られましたので私の一存でその者を拘束致しました」

「俺のことはいいんだよ!俺はアイツがリカにセクハラしてたのが許せ…「―――セクハラだと?」



ヒュッ、と。

会長の低い声色に思わず喉の奥で悲鳴が上がる。



初めて聞く声色でもないのに会長の機嫌が一気に急降下したと思うと心臓が嫌な音を立ててこれからの展開を俺に予感させた。



「誰が誰にセクハラしてたって?」

「第七部隊所属の猪俣と言う男が“リリーガーデン”内において立夏様に対しセクハラ行為に及んでおりました」



そんな会長の変化を微塵も気に留めず、葉桜先生は教科書を読むかのように淡々と言葉を紡いでいく。
次の瞬間、まるで雷に打たれたかの如く彼等の身体に衝撃が走った。



「リリーの身体に触れただと?儂のリリーにか?」

「それは見過ごせないな…」

「私達の大切な場所で大切な子を…、許せないわ」

「立夏、そいつに何された?どこを触られた?」

「え、いや、それは…」

「リカ、あんな奴を庇う必要はないよ。アイツがやったことは万死に値するんだから」



先程までの和やかな雰囲気が嘘のように殺伐とした空気を醸し出す、神代家一行。
気温が一気に氷点下まで下がったような気がするのは俺だけだろうか。
下手に口を開いたら彼等の怒りがとんでもない方向に飛び火しそうで何も言えなかった。
ただこんな俺の代わりに怒ってくれる存在がこんなにも近くにいたことに嬉しさもあった。
そんな貴重な彼等の存在を有難く思う一方で、一つでもやり方を間違えれば一気に爆発する危険物の取り扱いに慎重になっていた。
なるべく刺激を与えず、穏便に、そしてさりげなく別の話題に移行しなければ彼等の怒りが収まることはないだろう。特に未空。自分のことのように怒ってくれるのは凄く、本当に凄く嬉しいのだが、未空が一番自分の感情をコントロールするのが苦手そうだから無闇矢鱈とヒートアップしないで欲しかった。まあ、ここには会長がいるからそこまでは心配してないけど。
あのセクハラ野郎を庇うつもりは微塵もないが、俺としては再教育してくれればそれで満足だったので未空に現場を見られさえしなければここまで事を大きくするつもりはなかった。ましてやこんなところで暴露されるとは思わなかったから色々と心の準備が出来ていなかった。だって男が男にセクハラされたって色々と恥じゃん。俺のなけなしのプライドがズタズタだよ。でも怒り狂ってる未空にそんなこと言ったらますますヒートアップしそうだし、立場上葉桜先生を口止めするのは不可能だし、寧ろこの状況を若干面白がっているように見えるんだよな葉桜先生は。



だってこの人は…。



「私の目には立夏様の臀部に自身の下腹部を擦り付けているように見えました」

「ちょ、待って!そんな生々しく説明しなくても良くないですか!?」

「私はこの“眼”で見たものをありのままお伝えしているだけですよ」



何素直にゲロっちゃってんの!?

若干面白がってるように見えるとは言ったけど確実に面白がってよこの人!

そんなこと言ったら…、



「死刑」×4

「去勢してしまいなさい」



親子か!?

いや、本物の親子ではあるけどここまでシンクロとか仲良しかよ!!



ああ、葉桜先生はこれが見たかったのか。
さっきから口元が緩みっぱなしだもんな。
他人事だと思って面白可笑しく引っ掻き回しやがって…。


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