歪んだ月が愛しくて3



「どうするんですかこれ…。勿論責任取ってくれるんですよね?」

「責任も何も事実なんだから仕方ないんじゃない?それにあたしの立場であの方々をどうこう出来るわけないでしょう、リリー様じゃあるまいし」



ヒートアップする神代家一行を余所にいつの間にか俺の後ろにいた葉桜先生に小さな声で不満をぶつける。



「だったら何であの時すぐに出て来なかったんです?俺を利用してあの近衛隊の男を神代から追い出したかったんですよね?」



そう言うと葉桜先生は驚いたように目を丸くさせた。



「あら、気付いてたの?」

「誰だって気付きますよ」

「でもあの男は気付いてなかったじゃない。ああ、自信なくしちゃうわ。これでも神代近衛隊の幹部なのに…」

「そんなことより俺を利用したからにはちゃんと説明して下さいよ」

「説明も何も最近素行の悪い隊員がいるなって思って様子を見てたら変なイチャモン付けて立夏くんに絡んでるじゃない。本当怖いもの知らずよね。立夏くんに手を出したこともそうだけど、上の指示も聞かず好き勝手にやってるからもうコイツ要らないなって思ってこの機会に再起不能にしてやろうと思ったってわけ」

「だから言い逃れの出来ない状況になるまで静観していたと…」

「うん。ごめんなさいね、すぐに助けに行けなくて。出来ればこのことは御大様達には言わないでくれると有難いんだけど」

「別に言いませんよ。それに先生が助けてくれるとも思ってなかったので先生が出て来ようとあのままずっと隠れていようと大して支障はありませんでしたから」

「でも抵抗しなかったじゃない?それはどうして?」

「先生が近くにいたのは分かってたのでそれでも出て来ないってことは何かしらの魂胆があるのかなって思って…。だから別に怖くて動けなかったとか誰かが助けてくれるのを待ってたとかそう言うのじゃないので安心して下さい。まあ、先生じゃなく未空が現れた時は流石に驚きましたけど」

「……貴方は、他人に期待してないのね」

「え?」

「それとも期待出来ないのかしら?誰かに心を開くことも、自分以外の人間を無条件に頼ることも出来ない。信じられるのは自分だけってわけ?あの方々が寵愛するリリー様とは全くの別人みたい」

「………」

「知ってる?この屋敷で働く人間がリリー様のことを何て言ってるか。“大旦那様達が寵愛する愛しい子”、“愛されるために生まれて来た天使”、“神代の救世主”とか立夏くんのことを知らない人間は自分達が理想とする人物像を勝手に作り上げてるのよ。あたしも最初は愛されるために生まれて来た子ってどんな子なのか気になってたんだけど…、正直期待外れだわ。だって愛される人間って与えられる以上の愛を与えてる人のことだと思ってたのに、今の貴方には誰かを愛する覚悟も愛される覚悟がないみたいね」

「かく、ご…?」

「そう言うところは少しだけあの子と似てる…」



葉桜先生は俺を誰かと重ねていた。
それが誰なのかは分からないが、好き勝手なことを言われた挙句期待外れとまで言われたのに何故か俺を見るその目は苦しそうでどこか懐かしさを孕んでいた。

愛されるために生まれて来た、か…。
本当好き勝手言ってくれるよ。こっちは自分の知らないところでそんな風に言われてたって今初めて知ったのに。
確かにまもちゃん達に可愛がってもらってる自覚はある。でもそれは偶然の産物だ。死んだ父さんのファンだと言うひーくんにこの屋敷に招かれたのがきっかけで彼等と顔見知りになり、その後も父さんが屋敷に招かれる度に俺が金魚の糞みたいについて行っただけに過ぎない。特別何かした記憶もないし、ただ広過ぎる庭を公園の代わりに遊んでいただけ。
そんな俺をどうして今でも可愛がってくれるのか。その理由は分からない。
それに愛される人間は与えられる以上の愛を与えてるものだと葉桜先生は言っていたが、幼い頃の俺にそれを教えてくれたのは血の繋がらない家族と神代家の人達だ。俺自身は彼等に何も貢献出来ていない。
愛する覚悟も、愛される覚悟も、一体どうすれば身に付くものなんだろう。


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