歪んだ月が愛しくて3



「田中、話は聞いてたな。その者は後で儂のところに連れて来い」

「畏まりました」



まもちゃんの背後に控えていた田中さんと葉桜先生が部屋を出て行く。
この後、確実にあのセクハラ男の元に向かうんだろうな。お説教だけで済むといいね。それが無理でも流石に死罪は勘弁してあげて欲しいな、寝覚めが悪いから。



「リリー、嫌な思いをさせてすまなかった。この通りじゃ」

「頭を上げてよ。俺は大丈夫だから。それに未空が助けに来てくれたから触られたのもほんの少しだし。だから本当に気にしないで」

「そうか…。未空、リリーを助けてくれて感謝する。ありがとう」

「よくやったな未空」

「偉いわミッキー。やっぱり男の子は大切な人が出来ると急に大人びちゃうのね」

「えっ、あ…、リカは親友なので、助けるのは当たり前、です…。それより“リリー”って…」



まもちゃん達からの感謝の言葉に未空は言葉に詰まってタジタジになる。
先程までの怒りが嘘のように急にしおらしくなってまるで借りて来た猫のようだ。
そんな未空の視線が恐る恐る俺へと向けられる。



「俺のあだ名、かな…。昔からそう呼ばれてるんだよね」



女の子みたいな名前だよね、と態と戯けて見せるが。



「リカがあのリリー様?まさか、こんな近くにいたなんて…」

「同感だ」



その事実に驚きを隠せない未空に会長が同調する。
俺だって驚いてるんだからな。まさかまもちゃんの孫が会長と未空で2人が義兄弟だったなんて…。自分達だけだと思うなよ。



「リリーとはリリーが5歳の時の知り合ったのよ。元々はリリーのPapaをこの人がうちに招待したのがきっかけでね。初対面で意気投合した2人がそれぞれの家族自慢をするものだからじゃあ今後来る時に紹介してって約束を取り付けて連れて来てくれたのがこのAngeだったの!」

「レンちゃん苦しい…」

「ただ残念なことにリリーのMamanとFrèresには会ったことないのよね」

「仕方ないだろう。彼と違って奥方の仕事は中々休みが取れないと言っていたじゃないか」

「仕事?」

「母さんは検事だったんだ。かなり忙しかったみたいで平日顔合わせることは殆どなかったな。因み父さんは小説家ね」

「検事と、小説家…」

「何か堅苦しい組み合わせだよね。実際の2人は全然そんなことなかったんだけど」

「何だ、リリーは家族のことを話していなかったのか?」

「ざっくりは話したよ。でも2人の職業までは言う必要ないかなと思って…。普通他人のそんな話聞いても面白くないでしょう?」

「そ…「そんなことないよ。俺はリカのことなら何でも知りたいって思ってるよ」

「ありがとう、未空」

「………」



すぐ近くから探るような視線を感じる。
でも何も言って来ないことをいいことに俺はそれに気付かないふりをして未空の相手をしていた。



「久しぶりの再会じゃ。燥ぐ気持ちも分かるが、積もる話は先に朝食を済ませてからにしよう」



それからまもちゃんの言葉に促されて全員が席に着くとすぐに朝食が運ばれて来た。因みに俺の斜め左の上座にはまもちゃん、向かいの席にはひーくん、レンちゃん、会長、未空の順で座っていた。
今日のメニューは鮭ときのこのお粥をメインとした和食だった。普段朝食を摂らない俺にとって胃に優しいお粥は有難く、小鉢に少量ずつよそって口に運ぶ。



「そう言えばもうすぐだったな、2人の命日は」



そんな俺に話し掛けて来たのはひーくんだった。



「そうだね」

「墓参りには兄弟揃って行くのか?」

「多分そうなると思う」

「いつだ?」

「8月の…、一番暑い時期だよ」

「?」



会長の問いに上手く説明することが出来ず言葉を濁してしまった俺にひーくんが助け舟を出してくれた。



「お前は本当に何も知らないんだな」

「あ?どう言う意味だ?」

「そのままの意味だ。まあ、興味がないんじゃ仕方ないが」

「興味がないだと?誰に物言ってるか分かってんのかテメー?」

「実際何も知らないくせに吠えるな、見苦しい」

「何だとっ」

「リリーの前でみっともないわよ。それに食事中なんだから静かにしないとダメじゃない。貴方もミーコちゃん相手に大人げないわ。仕方ないのよ、ミーコちゃんはリリーと知り合ってまだ3ヶ月程度なんだから。私達と比べたら可哀想よ」

「か、かわ…」

「そうだな。じゃあ可哀想な愚息のために特別に俺がレクチャーしてやろう」

「それがいいわね」

「勝手に話進めてんじゃねぇよ。それに立夏のことなら本人に直接聞くからアンタのレクチャーは必要ない」

「リリーの父親である藤岡静雄氏は日本を代表する著名な作家だ。大学在学中に書いた小説で24歳の時にデビューし、数ある賞を受賞した偉大な方だ。俺は元々藤岡先生の小説のファンで、ある出版社から先生との対談を記事にしたいと言われその仕事に飛び付いたんだ。その対談の場所にうちを指定し、うちの中庭を気に入って下さった先生が家族にも見せてあげたいと言ってリリーを連れて来て…」

「人の話を聞け」

「言わせて置け。どうせリリーのことでお主にマウント取りたいだけなんじゃからの。まあ、リリーのことなら聖よりも儂の方が詳しいがな」

「あらお義父様、それは聞き捨てなりませんわ。リリーのことをよく知っているのは私も同じですわ。見て下さい、今日のリリーの服装を。いつものシンプルな色合いもよく似合っていますが、今日のリリーは普段使わない色を取り入れ且つ夏らしい涼しげな雰囲気に仕上げてみましたの。よく似合っているわリリー、素敵よ♡」

「ははっ、ありがとう…」

「ふむ。確かに文句なしの仕上がりじゃな。この手のことに関してはレティに敵うもんはいないの」

「ふふっ、お褒めに預かり光栄ですわ」

「テメー等揃いも揃って俺にマウント取りてぇだけだろうが」



神代家らしいコミュニケーションの取り方に俺は生暖かい笑顔を浮かべながらさりげなくフェードアウトする。
3世代に渡る仲睦まじい光景ではあるが巻き込まれたくないので無闇に言葉を挟むことはしない。
だって会長みたいにイジられたくないもん。
昨日のまもちゃんと会長の会話を聞いてまさかと思ったが、案の定ひーくんとレンちゃんもまもちゃんと同じ属性だった。
3人とも会長を揶揄って面白がってる節が多々見られる。確かに親目線からしたら会長のようなツンケンしてる子供を揶揄うのは楽しい…じゃなくてツンケンしてる以外の表情も見てみたいって思うのかもしれない。俺もツンデレカナちゃんを揶揄うことに一種の楽しみを覚えてしまったのでまもちゃん達の気持ちは分かるのだが、自分が標的にされた時のことを懸念して彼等のやり取りを温かく見守ることにした。これぞ「逃げ恥」。一昔前に流行ったドラマのタイトルらしいがよく分からん。


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