神殺しのクロノスタシス7〜後編〜
「元々、学院に一人くらいは残しておきたいと思ってたんです」

学院長や、僕達がいなくなった隙を狙って。

イシュメル女王の差し金で、刺客が送り込まれない…とも限らない。

万が一の時の為に、僕達の背中を…つまり、イーニシュフェルト魔導学院を守ってくれる番人が欲しい。

イレースさんがうってつけ、だと思いませんか?

学院の運営に関しては、学院長よりも優れた手腕を持っているくらいですからね。

「いざって時の為に…。…イレースさんなら、安心して任せられます」

「…そういうことなら、別に構いませんが」

イレースさんは、まだ不満そうだった。

「…が、何です?」

「何故私なのです。学院のお守りくらいなら、別の者に任せても構わないでしょう。…特に、学院長とか」

「えっ?」

いきなり名前を出されて、きょとんとする学院長。

「この甘ちゃん男は、戦場には相応しくないでしょう。学院に残していっても、大局に変わりないのでは?」

「酷い!イレースちゃんが私に失礼なこと言ってる!」

「事実です」

ばっさり。

さすがイレースさん。容赦ないですね。

「それに、学院に残すなら、天音さんでも良いでしょう」

「え、僕?」

天音さんもきょとん。

「こっちの甘ちゃんも、どうせ戦場に出ても戦えないでしょう」

「うぐっ…。そ、それは…」

天音さん、優しいですもんねぇ。

イレースさんに「甘ちゃん」と呼ばれても、言い返す言葉がない。

「ぼ、僕だって…やる時はやるよ…」

…語尾が消えかかってますよ。

自信なさそうな言葉ですね。

トゥルーフォームならいざ知らず、普段の天音さんは…戦場などという場所は、まったく似つかわしくない。

「分かってますよ。天音さんは人殺しどころか…虫さえ殺せない人ですからね」

「そ、そ、そんなことは…」

「この間、教室に入ってきたハチさえ、殺さずに逃がしてたじゃないですか」

「うっ…」

忘れたとは言わせませんよ?

つい…一ヶ月くらい前のことでしたかね。

学院の教室の窓から、ハチが入ってきたことがあって。

悲鳴を上げる女子生徒達の声を聞きつけて、イレースさんはハエ叩きを持って現れた。

ハチなのに、ハエ叩きで倒すんですか。

それはさておき。

その現場に、天音さんが慌てて駆けつけて。

ハチを殺さないであげて、とイレースさんに懇願し。

すべての窓を全開にして、新聞紙をうちわのようにして仰ぎ、ハチを生きたまま、外に逃がしてやっていた。

呆れたお人好し、ならぬ、おハチ好し、ですよねぇ。

教室に迷い込んできたハチさえ、殺せないような天音さんですから。

そんな天音さんを戦場に連れて行って、さぁ戦え、と命令するのは…なんとも酷な話だ。

だけど僕が本当に心配なのは、天音さんが無理をしてしまうタチだということ。

僕が天音さんに、「今回は容赦せず、敵が現れたら殺してください」と言えば。

彼はきっと、引き受けるだろう。

迷いながら、躊躇いながら…それでも仲間を、そして僕を助ける為に…やれと言われたらやるだろう。

そしてその後、酷い罪悪感に苛まれ…苦しい思いを抱え続けることになる。

…天音さんに、そんな思いをさせる訳にはいかない。

他の人なら良い、って意味じゃありませんよ?

イレースさんだって同じです。

出来れば僕は、自分の指揮のもと、誰にも、誰をも殺させたくないと思ってるんです。

仮に、手を汚さなければならないなら…それは、僕一人で充分だ。

既に、何十、何百…いや、もっとたくさんの人の血で濡れた…僕の手なら。
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