神殺しのクロノスタシス7〜後編〜
有り得ない。とても信じられない。

しかし、状況は確かに、俺達にアーリヤット皇国の敗北を知らせていた。

…そんな…。

「それで…それで、アーリヤット皇国は今…。ナツキ様はどうなったの…?」

シルナが、恐る恐るシュニィに尋ねた。

「分かりません…そこまでは、まだ…。キルディリア魔王国の正式な発表があるまでは…」

「あ、そ、そっか…。…そうだよね…」

「ナツキ様の安否も…」

「…」

ナツキ様…。ナツキ皇王。

話の分からない、いけ好かない男だと思っていたが。

それでも彼は、ルーデュニア女王フユリ様の兄であり。

ルディシアやマシュリの、元上司でもある。

一度は敵対していたこともあるが、それでも、俺は個人的にナツキ様を憎んでいる訳じゃない。

出来れば生きていて欲しい。無事でいて欲しい。

それに、この戦争の混乱期に、国を主導する皇王がいなかったら。

ますます、混乱は混沌に変わっていくだろう。

ナツキ様がいなかったら、誰がアーリヤット皇国を率いるんだ?

戦後の復興の指揮を取るのは誰だ?

ナツキ様の生死は、アーリヤット皇国民のアイデンティティにも関わる。

出来れば、無事でいて欲しいけれど。

でも…イシュメル女王が、どんな判断を下すか…。

…あまり、良い未来は想像出来なかった。

「…ナツキ皇王…」

マシュリは、かつての上司のことを思い、遠くを見つめてぎゅっと拳を握り締めていた。

…マシュリ…。

複雑な思いだろうな。マシュリにとっては。

「僕が…『HOME』を出ていったりしなければ、こんなことには…」

「マシュリ…。お前のせいじゃない。お前には、もう関係のないことなんだ」

俺は、マシュリを励ますようにそう言った。

マシュリのせいじゃない。マシュリは何も悪くない。

「大丈夫だ。あのナツキ様が、そう簡単にくたばるとは思えない」

「分かってる…。分かってるけど、でも分からないんだ」

と、マシュリが答えた。

「どうして、こんなにも簡単に…。あのアーリヤット皇国が…」

「…それは…」

…俺にも分からない。

俺だって、こんなに簡単にアーリヤット皇国が負けるなんて、予想もしていなかったから。

「…もしかすれば、イシュメル女王の言っていた『隠し玉』が関係しているのかもしれません」

シュニィが言い、俺はハッとした。

そうだ…。イシュメル女王が言っていた、いかにも意味深な「隠し玉」の正体。

それこそ、アーリヤット皇国がこうもあっさりと敗北を認めた…その理由に大きく関与しているのではないか。

そう思えてならなかった。

とはいえ…それもこれも、確かな情報がない以上、すべて憶測に過ぎないのだが…。

「…大丈夫。みんな、落ち着いて」

血相を変えるシュニィやマシュリ、そして激しく動揺する俺を、安心させるように。

シルナは穏やかな声と表情で、俺達に言った。

さっきまで、悲鳴をあげてイレースに謝っていた情けないシルナとは、まるで別人のような頼もしさである。

「何が本当のことなのか、これからどうなるのかも…今は分からないんだから…。気をしっかり持って、どんな状況にも対応出来るように、私達に出来ることをしよう」

「…シルナ…」

「大丈夫だよ」

…そうだな。

何の根拠もない「大丈夫」のはずなのに。

シルナが言うと、途端に心が落ち着いてくるのだから、不思議だ。
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