豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
「では、アレは脅しではなかったと。何やら、上司との関係がどうとか、写真をばら撒くとか聴こえましたが」
「いや、アレは……」
「それに、鈴香さんを脅していた写真って、もしかしてコレですか?」
「なっ!! な、何でお前が持っているんだよ!?」

 橘が、掲げたスマホの画面には確かに奴から送られて来た課長との写真が映し出されていた。
 なっ、なんで橘が持っているの?
 あの写真は、橘との関係を断ち切った後に奴から送られてきたもので、誰にも見せたことはなかった。もちろん、同僚の明日香にも見せていない。その写真を、橘が持っている事実が信じられない。

「言いませんでしたか? 鈴香さんとは恋人同士だって。彼女の様子が最近おかしかったので、調べたまでですよ。まぁ、鈴香さんは全く気づいていなかったようですし、バレたら嫌われそうなんでバラしたくなかったんですけどね。これで、信じてもらえました? 俺と鈴香さんが恋人同士だって」
「いや、まさか、そんなはずは……」
「まぁ、貴方がどう思おうが関係ないですが、自分の彼女の側をウロウロされると目障りなんですよ。しかも、こんな写真で脅そうなんて、馬鹿気ている」
「ふんっ! こんな写真でも使いようはいくらでもあるんだよ。上へ行けば行くほど蹴落としたいと考える奴らは増える。そんな奴らから俺は鈴香を守ってやろうとしただけさ。鈴香もやっと目が覚めて、ヨリを戻すって言ってくれた。お前が、鈴香の恋人? コイツが顔だけの年下男なんて相手にする訳ないだろう」
「ちょっ、違う……」
 勝手な事を言い出した奴の言葉を遮る事も出来ず、ただ二人の会話を傍観するしか出来ない自分に腹が立つ。
「ち、違うの、橘……」
「本当、ムカつくんでその手退けてもらえますか」

 ドスの効いた声とともに、伸びた手に腕を掴まれ引き寄せられていた。強い力で抱き締められ包まれた橘の香りに泣きたくなる。少し苦くて、甘い懐かしい匂い。
 こんなにも、橘を求めている。胸いっぱいに広がる喜びは、もう隠しようがなかった。橘の胸に顔を埋め、漏れそうになる嗚咽《おえつ》を必死で堪える私へと紡がれた優しい言葉に力が抜けていく。

「鈴香、もういいよ。あとは、俺がどうにかする」
「ごめん、ごめんなさい……」
「お、お前! 手離せよ!!」
「おかしいですね。鈴香さんは、一度たりとも貴方とヨリを戻すなんて口にしていませんよね。それに、俺には写真をネタに鈴香さんを脅しているようにしか聞こえませんでしたが、違いますか?」
「どこから聞いて……」
「そんなの始めからに決まっているじゃないですか。言いませんでしたか? 最近、鈴香さんの様子がおかしかったので色々と調べさせてもらったと。あの内容は、明らかに脅しですよね? 写真を田ノ上部長に見せるだなんだと、おっしゃっていたようですし」
「そ、そんな事言ってねぇよ。お前の聞き違いだろ!」
「自分の言ったことも忘れたんですか? じゃあ、思い出してもらいましょうか」
「……ろ、録音!! 嘘だろう……」
「人を脅すときはそれ相応の覚悟が必要だと言いましたよね? 貴方が仰ったように、この録音データにも利用価値はあると言うことですよ。貴方も、悪どい方法で上にのし上がったようですし、恨みはたくさん買っているでしょうからね。貴方を今の地位から引きずり下ろしたいと考えている人間に渡ればどうなるか、頭の良い貴方ならわかるでしょ。まぁ、自分の地位と引き換えにしても、鈴香さんを取り戻す気概があるならどうぞ」
「俺を、脅すって言うのか……」
「脅すなんて馬鹿なマネ、しませんよ。貴方の出方次第で出る所に出ますよって話です」
「なっ! テメェ――――」

 殴りかかろうとする奴の手を容易く掴んだ橘が、発した言葉に息を飲む。

「田ノ上部長、近々、その地位から引きずり降ろされますよ。こんな所で油売っている暇、ないんじゃないかな。横領の疑いがあるとかないとか……」

 バサっとテーブルへと置かれた茶封筒を見て、奴が怪訝な視線を橘へと投げる。

「な、なんだよこれ?」
「何だと思いますか? どうぞ中を確認してください」

 橘の言葉に、奴が恐る恐る中身の書類を確認し始める。

「うそ、だろ……」
「この情報は、近々マスコミに取り上げられます。その意味、理解出来ますよね。泥舟に乗っているのは果たして、誰なのか。あなたの協力者はさっさと降りましたけどね」
「ちっ! こんな尻軽女こっちから願い下げだ!! わざわざ忠告してやっただけだってのに、勘違いしやがって。金輪際俺に近づくな!!」
 捨て台詞を吐き、走り去って行く奴の後ろ姿を見つめ、安堵で力が抜けていく。

「鈴香さん、大丈夫ですか? 場所を移しましょうか。きちんと話をした方がいいでしょ?」

 胸に顔を埋め、コクンっと頷いた私を抱き上げ、橘が歩き出す。もう逃げない。
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