豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網

あふれ出す想い

「ここって……」
「えぇ。初めて鈴香さんを脅したBARの個室ですね。少し落ち着きましたか?」

 降ろされたソファーに座り直し、辺りを見回せば見覚えのあるBARカウンターに橘が入っていくのが目に入った。

「何か飲みますか?」
「えっと、何でも……」
「そうですか。適当に作りますね」

 シャカシャカと鳴る心地よいシェイカーの音が混乱した頭を冷やしてくれる。
 これで元彼との関係は終わったのだろうか?
 正直、橘が来てくれなければ奴との関係を断ち切ることは出来なかっただろう。あのタイミングで橘が現れたのが偶然だったのか、それとも計画的だったのかはわからない。ただ、橘を見た瞬間に湧き起こった感情は、今でも私の心を満たしている。『恋人ですよ』あの言葉が、その場限りの方便だったとしても、ただただ嬉しかった。

「どうぞ……」
「……これって?」

 スッと出されたグラスは見事なオレンジ色に染まっている。

「スクリュードライバー。初めて鈴香さんに作ったのもコレでしたよね。全ては、このカクテルから始まった。良い思い出も、悪い思い出も」
「そうね……」

『貴方に心奪われた』
 ちんけなカクテル言葉。ただ、あの出会いがなければ私は変われなかった。騙されて、脅されて、振り回されて、色々な事があった。私を弄《もてあそ》ぶ橘が大っ嫌いだった。ただ、憎めなかった。そして、あっという間に心を奪われてしまった。
 性格が最悪だとか、年下だとか。橘に惹かれ出す心を否定するために言い訳を積み重ねたけど、それは逃げでしかなかった。
 好き……、真紘が好き……
 もう自分の気持ちに嘘はつかない。

「勝手なことをしてすみませんでした。ただ、放っておけなかったんです」
「ううん、いいの。橘君が来てくれなかったら元彼と手を切れなかったと思う。ありがとね」
「いいえ……」

 会話が途切れ、静けさに包まれる。何か言わなければと思うのに何も出てこない。

「鈴香さん。あの夜……、あの夜、言った言葉は本心ですか? 熱にうなされ、うわ言のように呟いた言葉。好きだと言った言葉は本心ですか?」

 やっぱりあの夜、橘は居たのだ。
 朦朧とする意識の中、好きだと言われた言葉も夢ではなかった。
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