豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
「その分じゃ、何にもわかってないみたいだね。近藤先輩もかなりの策士だから。鈴香を焚きつけて、あわよくば二人一緒に自爆させようと思ったんじゃない」
「うそ!?」
「あぁ、やっぱり気づいていない。あの人、今回のゴタゴタの間に、俺に告って来たから」

 嘘でしょ!?
 涙まで浮かべて『私じゃダメなんです』とか言っていたのに!
 もう何を信用していいかわからない。

「どうせ、泣きつかれたんだろ? あんな幼稚な策略に引っかかるのなんて、鈴香くらいだろうけど。案の定、まんまと踊らされているし」
「えっと、あのぉ……、すみません」

 なぜ、私が謝らねばならないのか釈然としないが、橘の呆れ顔と胡乱な視線にさらされ諦めた。
 確かに、私が悪い。あの時、橘から全てを聞いていたら振り回されずに済んだのかもしれない。吉瀬さんにも、麻里奈ちゃんにも。

「まぁ、俺も美沙江が流した噂を利用した時点で同類だけどね。恋人って噂、アレがなかったら鈴香は絶対動かなかったでしょ?」
「えっ!?……」

 そう、あの噂だ。
 橘と吉瀬さんが恋仲という噂が出回らなければ、私はあそこまで追い詰められなかった。そして、自分の気持ちに正直になろうと決意することもなかった。

「あの、それで……、吉瀬さんとは?」
「あぁ、脅し返してきたよ」
「えっ!? 脅し返した?」
「あぁ。あの須藤課長との写真、出処は美沙江だから」
「そう……」

 なんとなく、そんな気がしていた。
 元彼の協力者は吉瀬さんだったのだろう。

「近藤先輩から何を吹き込まれたか知らないけど、俺の心に美沙江はいない」
「えっ……」

 キュと抱きしめられた身体が離され、真剣な目をした橘と視線がかち合う。

「確かに美沙江は俺の特別だった。捨てられて、美沙江という存在を――、女という存在を憎むほどには執着していたんだと思う。でも、鈴香と出会って、真っ直ぐで不器用な鈴香の心に触れて、いつの間にか、美沙江という存在は小さくなっていた。そして、彼女が現れて確信した。俺の最愛は鈴香なんだって」

 あふれ出した涙で視界が滲む。
 橘の心にいるのは『私』なんだ。
 想いのままに橘の胸へと抱きつく。
 もう、自分を偽らない。
 もう自分の心を偽ったりしない。

「好き……、誰よりも真紘を愛している」

 狂おしいほどの熱に唇を塞がれる。そして、離れていた時間を埋めるかのように重なった唇が、銀糸の橋をかけながら離れていく。

 滲んだ視界に飛び込んできた、彼の満面の笑みに心臓の鼓動が早鐘を打ち始め、ギュッと抱き締められた腕の強さが、彼の気持ちを表しているようで胸が締めつけられる。

「鈴香……、愛している」

 泣いているの?
 震えるような掠れ声を聴き、堪えきれず頬を次から次へと涙が伝う。彼もまた泣いているのだろうか。
 初めて肌を重ねた日を思い出す。欲望を宿し、私を見つめる瞳。その奥底に潜む闇に惹かれた。
 ただ、今はその闇が消え、心の底から欲してくれていると分かる強い瞳が、私に勇気を与えてくれる。
 真紘へと両手を伸ばし、頬を包む。

「真紘、貴方を愛しているわ。私の大切な人……」

 言葉と共に、唇を重ねる。
 触れるだけのキスをし、離れていく唇。たった、それだけの行為に心が満たされていく。
 これからも、ありのままの自分を曝け出すことが怖くなる時があるだろう。その時は、真紘が偽りの仮面を打ち壊してくれる。ただ、少しずつ自分も変わっていきたい。

 自分の心に正直に。
 そして、ありのままの自分を愛せるように。

【完】
< 109 / 109 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:7

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

近くて、遠い、恋心
湊未来/著

総文字数/29,643

恋愛(純愛)32ページ

表紙を見る
表紙を見る
転生アラサー腐女子はモブですから!?
湊未来/著

総文字数/315,245

ファンタジー233ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop