豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
「落ち着いたか?」
「えぇ。ありがとう」

 やっと涙もひき、彼の胸に手を当て少し距離をとる。わずかに離れた温もりを寂しく感じていると、頭上から話しかけられた。

「ベンチに移動出来そう?」

 コクンと頷くのを確認した橘の手を借り、立ち上がると近くのベンチへと移動する。変なところに力が入ってしまっていたのか至るところに痛みが走る。身体の痛みでフラつけば、力強い腕がしっかりと支えてくれた。
 安心感が増していく。
 ベンチに座らされ、隣に橘が座る。わずかに開いた距離に一抹の寂しさが過《よ》ぎるが気づかない振りをした。
 立場とはもう後輩と先輩の関係でしかない。これ以上、元彼とのゴタゴタに巻き込むわけにはいかない。

「ごめんなさい。みっともないところを見せて。今回も助けてもらって本当にありがとう。前回の分も合わせて必ずお礼はするから」

 痛む身体を我慢し立ち上がると、深々と頭を下げた。

「ねぇ。さっきの男って元彼?」
「えっ!? 何で知って……」

 予想外の言葉に思わず下げていた頭を上げると私を見上げる真剣な眼差しと視線がかち合う。
 橘と元彼に面識はないはずだ。彼と初めて出会ったのも元彼と別れた後だし、私ですら今日久々に元彼を見たのだから。

「やっぱり元彼か……。さっきのって、もちろん合意の上じゃないよね?」
「あ、当たり前じゃない!! アレのどこが合意の上に見えるのよ!」
「だよなぁ。合意だったら態々《わざわざ》野外でやらないわな。変な趣味がない限り」
「ちょっと! そんな趣味あるわけないじゃない!!」
「どうだかぁ~? 確かアレも野外って言えば野外か。ミニシアター……」
「なっ! アンタねぇ!!」
「調子戻ってきたみたいだな」
「――えっ!?」

 悪戯が成功した子供のような笑顔を見て気づく。橘は、あえてこの重苦しい空気をぶち壊してくれたのだ。優しくするでもなく、慰さめるのでもなく私の中の怒りを煽ることで、元彼に植えつけられた恐怖心を払拭してくれた。
『アンタは元彼に負けるような弱い女じゃないだろう』と鼓舞されている錯覚すらする。私の性格をよく理解していなければ、こんな芸当出来ない。
 高鳴り出した心臓の音が心地良く頭に響く。

「ありがと! なんか元気出た」
「そっか、なら良かった。じゃあ、あの男と何があったか聞いてもいいよな?」
「……アンタねぇ。分かったわよ」

 橘に促され、ポツポツと元彼のことを話し出した。一ヶ月前くらいに突然メールが送られて来て、ヨリを戻したいと言われている事。無視をし続けた結果、メールの内容が徐々に脅迫めいた物へと変わってきた事。そして、待ち伏せされて口論になり、襲われた事。

「あちゃぁ。完全にストーカー化してないか? この事、誰かに相談したのか?」
「してないわ。無視してたらいつか諦めるかと思ってたから」
「いや、これは諦めないだろ。コレ見てたら執念感じるもん」

 元彼の名前で埋め尽くされた着信履歴を見た橘が、顔を歪め苦笑いを溢している。
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