豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網

「……どういうことなの? 麻里奈ちゃん」
「吉瀬美沙江――、あの女が、橘君の元彼女で、彼がクズ男になった原因です」

 麻里奈ちゃんの言葉に衝撃を受ける。
 元彼女で、クズ男になった原因って……
 どこか女を憎んでいるような、それでいて空虚な瞳を思い出し、胸がえぐられるように痛みだす。

「吉瀬美沙江は、橘君が高校生の時に付き合っていた彼女です。そして、たぶん今でも彼の心には、あの女がいる」

 橘の心には、今でも吉瀬さんがいるって……
 ずっと不思議に思っていた。
 女ならどんな美女でも、可愛い女でもよりどりみどりの男が、なぜ七歳も離れたおばさんに執着しているのだろうかと。
 数日前に見た吉瀬さんと、私は同年代。
 橘は、ずっと私を通して、吉瀬さんを見ていたのだろうか。
 吉瀬さんに再会してから変わっていった橘の態度を思い出し、心が軋むように痛む。
 上の空で、眉間に皺を寄せて……、わたしのことなんて見ていなかった。橘の心の中には、今でも吉瀬さんが居座っている。あまりの衝撃に、麻里奈ちゃんの言葉も耳を素通りしていく。
 ふふっ、また、わたし……、橘に騙されていたのか。
 ズキズキと痛む胸に、泣く気力すらない。

「……、冬野先輩! 冬野先輩! 聞いていますか!?」
「えっ……」

 麻里奈ちゃんの咎めるような声がやっと耳に届く。

「本当、冬野先輩ってムカつきますね!」
「えっ……、それはどういう意味?」

 傷心の身に麻里奈ちゃんの言葉が深く突き刺さる。なぜ、たった今、失恋した身に、さらなる仕打ちを受けねばならないのか。
 瞬発的に湧き上がった怒りに、麻里奈ちゃんの鋭い視線を真っ正面から受け止め睨み返す。

「どういう意味って……、あなたのその性格がムカつくって言っているんです。橘君と男女の関係じゃないなんて、よくそんな嘘、平気で言えますよね。一緒に暮らしているくせに!」
「なんで、知って……」
「本当、白々しい。えぇ、知っていますよ。これでも、ずっと昔から橘君が好きだったんです。彼とは高校が一緒で、その時からの片想いですけどね!」

 橘との出会いは、麻里奈ちゃんが彼氏に振られ屋上で一人泣いていた時だったという。たまたま屋上で出会った二人は、橘が麻里奈ちゃんを慰めているうちに意気投合するようになった。しかし、当時、橘には彼女がいた。それが、当時大学生だった吉瀬美沙江だった。高校生の麻里奈ちゃんは、年上の彼女から橘を奪う勇気もなく、告白すら出来ず卒業したそうだ。
 
「でも、運命って残酷なんですよね……。大学生になった私は思わぬ所で橘君と再会してしまったんです。大学生最後の思い出に、友達に誘われて行った『クラブ』で。あまりの変貌ぶりに衝撃を受けました。年上の彼女の事を幸せそうに惚気ていた初々しかった彼とは別人でした」

 両脇に肌も露わな美女を侍らせ、退廃的な雰囲気を纏《まと》っていた橘の姿が頭に浮かび、苦い想いが胸を締めつける。好きだった人の変わりように麻里奈ちゃんは大きな衝撃を受けたに違いない。そして、変わってしまった原因が、橘の元彼女、吉瀬美沙江だと麻里奈ちゃんは考えている。
 橘と吉瀬さんの間に何があったのだろうか?
 橘の心を絶望へと突き落とした何か……

 そんなこと、知って何になるって言うのよ。
 橘の心には、今でも吉瀬さんがいる。彼女が現れた今、私は捨てられる身でしかない。そんな私に何が出来るって言うのよ。
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