もう一度 恋をするなら
「ただいま、お母さん」

 その日の母は、テーブルに突っ伏してスマホをずっと片手に握っていた。
 こういう時は大抵、電話かメールで父と喧嘩をした後だ。別居してからめったにこちらに帰らない父だけど、母は多分ずっと好きだったんだと思う。休みがあってもちっとも帰らない父に、いつも電話口でキレていた。かと思ったら、甘えるようにお願いしてみたり泣いてみたり。
 小学校入学のタイミングで転勤が決まり、父親は単身赴任、それからずっと母とふたり。長く続いた別居生活は、残念ながら会えない時間が愛を育てることもなく、疑心暗鬼の母が不安定になるだけだった。
 突っ伏していた顔を上げて私を見た母の表情は暗い。が、電話口で聞いたような金切り声にはならなかった。

「ちょっと遅かったじゃない。まっすぐ帰ってきたの?」
「うん、まっすぐ。途中で弓木くんに会って、ちょっと話しながら帰ってたから、歩くのゆっくりになっちゃったかも」
「いいわよね、子供はのんきで」

 機嫌は悪いが時間を置いて落ち着いたのか、怒鳴り声よりはマシだ。

「うん、お母さんが塾に行かせてくれてるから、勉強も焦らずに済むよ。ありがとう」

 不安定な母親と暮らすうちに、嫌味くらいは上手に受け流せるようになっていた。子供は子供なりに、親を見てちゃんと成長しているのだ。


 それから、時々彼は私に連絡をくれるようになった。多分、母とのことを心配してくれていたのだろうと思う。そんなことをかっこいい男の子にされたら、それは惹かれるのは当り前で……だけどもっと明確に恋に落ちたのは、ある出来事がきっかけだ。

「燈子ちゃんはどっちの味方なの⁉」
「えっ」

 教室に金切り声が響く。その声がトリガーになったように、私の心臓はどくどく跳ねた。私の前には、この学年になってから同じクラスで仲良くなった友達ふたり。喧嘩のきっかけは、とても些細なことに思えた。SNSのコメントで、どっちがいつも無視して感じ悪い、だとか。自慢が多いから仕方ないじゃん、とか。
 言い合うふたりを私は「まあまあ」と宥めていたのだ。怒る相手を宥めるのには慣れていて、今日もそれで上手く納められると思っていた。

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