もう一度 恋をするなら
「お疲れ様です。笹井先生はビールですか? クラフトビールのおすすめがメニューにありましたよ」

 私は隣の笹井先生におしぼりを差し出して確認する。すると、いつのまにか中川さんの手からタブレットが弓木くんに渡っていて、笹井先生の方に画面が差し出された。

「先生はビール派ですか」
「そうそう。俺はビール一択なんだよ」
「おすすめっていうのはこれらしいですね」
「ああ、じゃあとりあえずそれで」
「承知しました」

 さっさっと手早く入力して、さっさと送信してしまったらしい。今度はそれを中川さんの方に差し出した。

「どうぞ」

 一貫して素っ気ない弓木くんに、さすがの中川さんも戸惑っているようだ。

「えっ、あ。どうしようかなあ。弓木さんは」
「俺は飲めないのでウーロン茶を注文しました。ごゆっくり御覧ください」

 半ば押し付けるようにして彼女の手にタブレットは戻っていった。渋々とタブレットを見ながら彼女はついに黙り込んでしまった。その様子を見て肩を震わせているのは、私の両隣だ。

「すっご。でも中川さんナイスファイトだわ」

 これは右隣の柳川瀬さん。笹井先生は片腕でおなかを抑えて苦しそうにしていた。

「噂には聞いていたけど徹底してるな君は」
「飲めないと言ったのに、引っ張ってきたのは先生ですよ」
「いや、そっちじゃなくてな。っていうか、そんな顔して飲めないって本当なのか」

 困惑した表情の弓木くんは、小さく肩をすくめて見せた。

「飲めそうな顔とはいつも言われますが、どんな顔なんでしょう。いつも不思議に思います」

 本当にこの場に連れてこられて不本意なのか、彼は仏頂面を崩さない。MRは医師に気に入られなければきっと仕事がしづらいだろうに、大丈夫なのかとはらはらしてしまう。
 だけど、笹井先生はそんな彼がなぜか気に入ったらしかった。多分そうでなければ、この場に連れてくるなんてしないだろう。

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