[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
やがて皆が待機室へ移動し、病室に静けさが戻る。病室の明かりは落とされ、機械音だけが規則正しく響いていた。外はもう、すっかり夜だ。
昼間の喧騒が嘘のように、この時間帯の病院は静かだった。時間の感覚が曖昧になり、ただ一定のリズムだけが耳に残る。
この静けさが、今はありがたい。何かを決めるには、十分すぎるほどの夜だった。
ベッド脇に立ったまま、彼女の頬にそっと触れた。その指先に、微かな体温を感じる。まぶたが、わずかに動いた。そして、ゆっくりと目を開く。
「……ん、ここ……どこ?」
声は、ひどく掠れていた。喉を痛めたのか、それとも転倒の衝撃のせいか。起き上がろうとして、彼女は小さく身じろぎする。
次の瞬間、顔をしかめ、短く息を詰めた。
案の定だ。あの階段を、あの体勢で転がり落ちた。肩から背中にかけて、相当打っているはずだ。
「無理するな」
反射的にそう言って、言葉より先に手を伸ばした。肩を押さえるでも、制するでもない。ただ、そこに添えるだけ。
――今は、そのままでいい。
そう伝えるつもりで、視線を落とす。
彼女は一瞬だけ戸惑ったようにこちらを見たが、それ以上、起き上がろうとはしなかった。
掠れた声を思い出し、ベッド脇のテーブルに手を伸ばす。ストロー付きのカップを取り、ゆっくりと口元へ運んだ。
「少し、飲めるか」
返事はない。けれど、彼女は小さく頷いた。
ストローを咥えさせると、一口、二口。喉を潤すたびに、浅かった呼吸が、少しずつ落ち着いていくのがわかる。
今は、話をさせる必要はない。
まずは、息を整えさせる。
十分だと感じたところで、そっとカップを下ろした。
「ここは近衛病院だよ。俺たちの子も、無事だ」
「なんでそんなこと言うの……この子は私の子。あなたには……」
「俺と君の子で、間違いない」
遮るように言ったが、声は抑えた。喉の奥がわずかに詰まる。
「もう一度、チャンスをくれないか」
彼女の瞳に、戸惑いが浮かぶ。
「これまで誰かを自分から誘ったことも、引き止めたこともなかった」
言いながら、自分でも不思議だった。そんなこと、誇るような話じゃない。
「自分から手を伸ばさなくても、向こうから寄ってくるのが当たり前の世界にいた。それが、どれほど傲慢だったか、今なら分かる。」
視線を落とし、息を整える。
「でも君だけは違った。俺の未熟さで君を追い詰めた。本当にすまなかった。君がどれだけ特別だったか、あの時の俺はわかってなかった」
「でも、あなたは責任を取るって言ったじゃない。そんなの気にしなくていいわ。私は一人で――」
「違う」
静かに、だがはっきりと言った。
「責任じゃない。君と一緒にいたいんだ。ずっと」
一瞬、言葉を探す。
「君が倒れたとき、怖かった。君を失うことが、こんなにも怖いなんて思わなかった」
彼女の瞳が、静かに揺れる。そっと、彼女の手を握った。
昼間の喧騒が嘘のように、この時間帯の病院は静かだった。時間の感覚が曖昧になり、ただ一定のリズムだけが耳に残る。
この静けさが、今はありがたい。何かを決めるには、十分すぎるほどの夜だった。
ベッド脇に立ったまま、彼女の頬にそっと触れた。その指先に、微かな体温を感じる。まぶたが、わずかに動いた。そして、ゆっくりと目を開く。
「……ん、ここ……どこ?」
声は、ひどく掠れていた。喉を痛めたのか、それとも転倒の衝撃のせいか。起き上がろうとして、彼女は小さく身じろぎする。
次の瞬間、顔をしかめ、短く息を詰めた。
案の定だ。あの階段を、あの体勢で転がり落ちた。肩から背中にかけて、相当打っているはずだ。
「無理するな」
反射的にそう言って、言葉より先に手を伸ばした。肩を押さえるでも、制するでもない。ただ、そこに添えるだけ。
――今は、そのままでいい。
そう伝えるつもりで、視線を落とす。
彼女は一瞬だけ戸惑ったようにこちらを見たが、それ以上、起き上がろうとはしなかった。
掠れた声を思い出し、ベッド脇のテーブルに手を伸ばす。ストロー付きのカップを取り、ゆっくりと口元へ運んだ。
「少し、飲めるか」
返事はない。けれど、彼女は小さく頷いた。
ストローを咥えさせると、一口、二口。喉を潤すたびに、浅かった呼吸が、少しずつ落ち着いていくのがわかる。
今は、話をさせる必要はない。
まずは、息を整えさせる。
十分だと感じたところで、そっとカップを下ろした。
「ここは近衛病院だよ。俺たちの子も、無事だ」
「なんでそんなこと言うの……この子は私の子。あなたには……」
「俺と君の子で、間違いない」
遮るように言ったが、声は抑えた。喉の奥がわずかに詰まる。
「もう一度、チャンスをくれないか」
彼女の瞳に、戸惑いが浮かぶ。
「これまで誰かを自分から誘ったことも、引き止めたこともなかった」
言いながら、自分でも不思議だった。そんなこと、誇るような話じゃない。
「自分から手を伸ばさなくても、向こうから寄ってくるのが当たり前の世界にいた。それが、どれほど傲慢だったか、今なら分かる。」
視線を落とし、息を整える。
「でも君だけは違った。俺の未熟さで君を追い詰めた。本当にすまなかった。君がどれだけ特別だったか、あの時の俺はわかってなかった」
「でも、あなたは責任を取るって言ったじゃない。そんなの気にしなくていいわ。私は一人で――」
「違う」
静かに、だがはっきりと言った。
「責任じゃない。君と一緒にいたいんだ。ずっと」
一瞬、言葉を探す。
「君が倒れたとき、怖かった。君を失うことが、こんなにも怖いなんて思わなかった」
彼女の瞳が、静かに揺れる。そっと、彼女の手を握った。