白い結婚なんて絶対に認めません! ~政略で嫁いだ王女は甘い夜を過ごしたい~【全年齢版】
 アルバートは答えに詰まり、再び山積みとされた書類を取った。
 初恋を覚えたばかりの少女が十年後、嫁いで来る。歓喜と罪悪感が渦を巻き、どう接しようかずっと迷っていた。取り決められた王族同士の婚姻なのだから、覆る理由があるはずもないと疑わなかった。
 書面に視線を落として話はこれで打ち切りだと暗に伝えれば、フレデリックは何故か心底申し訳なさそうに告げる。

「まあ何だ。お前が初恋を拗らせ続けてるとは全然気がつかなくて悪かった」

 今度はしっかりと相談に乗るから、と肩を叩かれるが、相談することはないだろうと思った。


「お勤めお疲れ様でございます、王太子殿下」

 部屋に戻るとプリムローズ付きの侍女――名前はイレーヌと言ったか――が出迎えた。
 軽く室内を見渡すがプリムローズの姿がない。それに気がつくと同時にイレーヌが口を開いた。

「申し訳ございません。姫様はご体調が芳しくなく、しばらくの間は食事も睡眠も自室で済ませたいとのことです」
「体調が芳しくないとは? 熱でも出しているのか?」
「いえ……」

 心配になって詳しく尋ねると侍女は困ったように言葉を濁す。
 深く追求されたくない様子にアルバートはゆっくりと息を吐いた。

「――分かった」
「殿下はお食事はいかがなさいますか? こちらにご支度してもよろしいでしょうか」
「ああ」
「畏まりました」

 最低限の返答だけして、ドアの閉ざされたプリムローズの私室に目を向ける。
 慣れ親しんだ祖国から侍女を一人だけ伴って嫁いで来たのだ。王女として覚悟はあっても不安でいっぱいだったに違いない。
 もっとも、不安にさせてしまっていることや姿を見せてくれないいちばん大きな理由はアルバートにあるのだが。

 イレーヌはアルバートの食事もワゴンで運んで来ると、テーブルに並べるなり主の部屋に行ってしまった。
 しばらくして食事と湯浴みの手伝いを済ませたのか、空になった食器を片付けて部屋を後にする。

 その時、物音に紛れてかすかに聞こえた。
 プリムローズのいる部屋に、鍵のかけられる音が。
 先に相手を拒絶して、一方的にドアを閉めたのはアルバートだ。
 そうでなくとも夫婦として迎えた初めての夜に白い結婚だと伝えた。
 身体は、心の大部分は彼女と名実共に夫婦になることを強く望んでいたのに、残りの一部分に従った。

「――姫。眠る前に少し話をしませんか」

 控え目にドアをノックして声をかける。
 けれど返事はなかった。

 イルダリアにまつわる話を、ベッドに横たわる彼女はその大きな瞳を輝かせながら真剣に聞いてくれていた。
 たった一年で離縁して祖国のフィラグランテに帰してしまうのに。
 そうしたら彼女個人が関わることは二度とないであろう国のことを、たくさん話した。

 末永く、共に治世してくれるでもない国のことを。
 知って欲しかった。

 アルバートが治めることになるこの国のことを。
 好きになって欲しかった。

 アルバートのことを。
 本当はずっと――隣にいて欲しかった。

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