暁に星の花を束ねて
推奨3回の薬を、17回。


それは自殺行為に等しかった。

常人が耐えられるはずもない苦痛を、誰かが。

──いや、それはおそらく、彼が──

葵の視線は、気づけば自分の掌を見つめていた。

薔薇の棘でケガをしたとき。
あの時も、彼は痛みを感じていないように見えた。

血が滲んでいたのに表情ひとつ動かなかった。

そして、銃の試し撃ちでのケガ。

目撃者の話では何も感じていなかったかのようだった、と結衣は確かに云っていた。

その後の商談も、温室でのやり取りも、何事もなかったかのように振る舞っていた。

痛覚どころか、ひょっとしたらそれ以外の感覚も─。

いつも身につけている黒い手袋。
あれは単に衛生目的ではない。

皮膚疾患と変質を、覆い隠すためのものではないのか。

皮膚の色、感覚の喪失、筋繊維の異常な緊張。
すべてが報告書に書かれていた副作用と一致していた。

「どうして……そんな無茶を……」

喉の奥から、絞るように声が漏れた。

感情が爆発することはなかった。
ただ、ひたすらに静かに、胸の奥で何かが崩れていく。

誰にも頼らず誰にも告げず、ただひとりで耐え続けてきたのか。

彼の沈黙の重さに、葵は初めて恐怖を覚えた。

そして彼がどれほどの絶望を背負っていたかを思い知った。

これ以上、見てはいけない。
これ以上、知ってしまえば──

震える指先で彼女はそっと端末を閉じた。

パタン、と鳴ったその音は、やけに冷たく重たかった。

机の上に漂う香りは、まだそこにあった。
消えない痛みの記憶として。

葵はただ、両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、
下唇を噛みながら、静かに俯いた。


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