暁に星の花を束ねて
封印ファイル
調和部門・統括執務室。
壁一面のガラス越しに、午後の光が柔らかく差し込んでいる。
空調の音すら遠く、静謐という言葉が似合う空間だった。
星野葵は白衣の裾を握りしめ、その中央に立っている。
対面の机の向こう、馬渡遼は淡々と書類を整理していた。
視線は穏やかに見えるが、その奥に感情の波はない。
その沈黙が、葵にはたまらなく苦しかった。
「……馬渡統括。お伺いしたいことがあります」
葵の声はわずかに震えていた。
馬渡は手を止め、静かに顔を上げる。
「どうぞ、星野研究員」
葵はデスクの前で立ち止まると息を吸い、口を開いた。
「アンチナリア・シードのことです」
一瞬、空気が張り詰めた。
馬渡のペンを持つ手が止まる。
それを見つめながら、胸の奥から言葉を押し出した。
「馬渡統括はご存知ですよね。佐竹部長の後遺症のことを」
その一言が、室内の静けさを砕いた。
白衣の袖口が震える。
押し殺していた感情が、堰を切ったように溢れ出す。
「彼はナノ毒に侵されたんです。今もそれに苦しんでいる。それを……統括のあなたは知らないわけがないですよね」
馬渡の眉がわずかに動いた。
しかし、声の調子は崩れない。
「……知っていたというより、理解していた。
だが、それを公にすることは彼の意志に反します」
「意志……?」
葵は唇を噛みしめる。
「意志よりも命の方が大事です! 彼の身体が限界だってこと、どうして黙っていられるんですか!」
馬渡はゆっくりと息を吐いた。
白衣の袖口が揺れる。
「星野さん。あなたの研究は命を繋ぐためのもの。
だが彼の望みは、命を賭しても守るという行為だ。
その矛盾が、いずれあなたを苦しめますよ」
「それでも……!」
声は震えながらも、まっすぐだった。
「それでも、救いたいんです。どんな選択をしても、わたしは研究者として、彼を見捨てたくありません!」