暁に星の花を束ねて
その言葉に、馬渡は目を閉じた。
そして机上のファイルを一つ取り上げ、無言で差し出した。

「……この資料を見なさい。それが、彼の後遺症の本質です。そして、アンチナリア・シードが封印された理由でもある」

受け取ったファイルの表紙には、
『SECTION D INCIDENT/CLASSIFIED』の刻印。

葵の手が震えた。
ページをめくる前に、馬渡の声が低く響く。

「覚悟をもって、読みなさい。

真実を知ることは、時に治療よりも痛い」

葵は小さく頷き、指先に力を込めた。





【第七隔壁ナノ汚染事故/セクションD】
被検体:男性/S.R./年齢22

【観察結果】
・ナノ毒吸収率:通常個体の約1,000倍
・抗体生成率:0.03%未満
・免疫反応:壊滅的低下

【備考】
対象はナノ毒への抵抗力を決定的に欠如しており、
常人には無害な微量の暴露においても、
全身性壊死・神経崩壊を引き起こす。

すなわち──
一滴の毒が、即ち死に至る。

葵の視界が滲んだ。
ページをめくると、投薬記録の欄に見覚えのある文字があった。

そこには、定期的に投与されていた中和薬の記録。

処方者の欄に刻まれた署名に、葵は息を呑んだ。

「……中和薬を渡していたのは、馬渡統括ですね?」

声が震えていた。
馬渡は短静かに口を開く。

「ええ。しかしそれは延命ではなく、時間稼ぎにすぎません。彼自身も望んでいますが……そうするしか方法がなかったのです」

葵は目を伏せた。
涙がこぼれ、ページの角を濡らした。
文字が滲み、白い紙に淡い影を作る。

馬渡がふと視線を落とし、静かに続けた。

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