暁に星の花を束ねて
あの頃の、あの事件に巻き込まれ、運び込まれてきた黒髪の青年。
焼け焦げた制服、血の気のない唇、そして……ほんのわずかに動いた眼差し。
葵がはじめて誰かの命を繋ぎたいと強く願った瞬間。
それは、彼だった。
(佐竹さん……)
胸の奥でその名を呼んだ瞬間、全身の血が逆流するようだった。
もう疑いようはない。
あの時、温室で「ありがとう」と呟いた青年と、いまの彼は同じ人だ。
だがなぜこのタイミングで?
指先が震える。
通知音。
ディスプレイに映るのは、
件名:懐かしい記憶から
(どうして、わたしにこんなメールを?)
視線を端末に釘付けにしたまま、思考が渦を巻く。
理事会中の彼は通信を遮断されているはず。
ならば、このメールは誰が送った?
(まさか、彼を狙って……? わたしを餌に?)
胸の奥で冷たい予感が走った。
呼吸が浅くなる。
額に薄い汗。
罠。
このタイミング、この文面、この誘い方。
すべてが仕組まれたものに思えた。
それでも迷いはなかった。
(佐竹さんを危険に晒すわけにはいかない。もし彼を狙う誰かがいるなら。止めるのは、わたししかいない)
端末の下、光が微かに点滅する。
新たな一文が追加されていた。
君の父上、星野善一の墓で会いましょう。
真実に辿りついた君と会いたいのです。
午後三時に墓前で待っています。
白い光が画面を照らす。
その光の中で、葵の瞳はもう迷いを映していなかった。
(確かめに行く。佐竹さんにこれ以上、苦しい思いをさせたくない)
彼を、そして真実を守るために。
ステラ・フローラの花弁のように儚く、それでも確かな意思を抱いて。
彼女は立ち上がった。