暁に星の花を束ねて
眼差しの向こう
別室の控えスペース。
理事会フロアの喧騒は、分厚い壁に隔てられてここまでは届かない。
照明は落とされ、長いソファと低いテーブルだけが、静かに置かれている。
葵は、そこで立ったまま待っていた。
理事会室の扉が開き、人影が出てくるたびに胸がわずかに揺れる。
その目が探しているのはひとりだけだった。
やがて。
扉の向こうから佐竹蓮が現れる。
ネクタイは整えたまま。
背筋も変わらない。
だが、その歩調は、ほんの少しだけ重かった。
葵は、無意識のうちに一歩、近づいていた。
「……佐竹さん」
「待ってたのか」
「はい。心配で……」
佐竹は手を伸ばし、そっと葵の頬を撫でた。
「おれは幸せ者だ」
「!」
葵は一拍、言葉を探してから、控えめに問いかけた。
「佐竹さんは、こんなふうにCEOになることも……
計算というか……予想していたんですか?」
言い終えてから、自分の言葉の重さに気づいたように、少し視線を落とす。
佐竹は、すぐには答えなかった。
理事会室の扉を一度だけ振り返り、それから、葵を見る。
「そうでもないさ」
淡々と、だが、どこか柔らかい。
「想定はしていた。
だが、狙っていたわけじゃない」
「じゃあ……」
「起きるべき事態が起きた結果だ」
佐竹は続ける。
「危機が続けば、組織は誰かに責任を集める。
それがたまたま、おれだっただけだ」
「たまたま、なんですか……?」
「少なくとも、おまえの前で虚勢は張らん」
その一言に、葵の胸が小さく鳴る。
佐竹は、ほんのわずかに声を落とした。
「理事会の椅子に座る覚悟はしていた。
だが……このタイミングで、こういう形になるとは思っていなかった」
葵は、ぎゅっと指先を握る。
「怖くは……なかったですか」
佐竹は、ほんの一瞬だけ、視線を逸らした。
「怖くないトップなど、信用できん」
そして、静かに、はっきりと云う。
「だが、逃げる理由にもならない」
その言葉に、葵は小さく息を吸った。
「……佐竹さん」
「どうした」
「おめでとうございます、って……
今、云ってもいいんでしょうか」
佐竹は、少しだけ考えてから、答える。
「祝われることじゃない」
一拍。
「だが……おまえに云われるなら、悪くはない」
葵の表情が、ほっと緩む。
「じゃあ……おめでとうございます。
佐竹さん」
佐竹は、ごく小さく、しかし確かに、微笑んだ。
「ありがとう」
その声は、CEOとしてではなく、
ただひとりの男としてのものだった。
理事会フロアの奥で、夜の都市はまだ光っている。
葵は、歩き出した佐竹の横顔を見上げ、ふと問いかける。
「……どこへ行くんですか?」
佐竹は、歩みを止めずに答えた。
「CEO執務室だ」