暁に星の花を束ねて
最初の転機は佐竹蓮の血液だった。

ナノ毒に侵され、回復と引き換えに後遺症を抱えた血。
異物を拒絶しながら、同時に取り込んでしまった複雑な生体記録。

その血液に、ステラ・フローラを触れさせた瞬間。
植物はこれまでにない反応を示した。

細胞壁の再構築。
自己修復速度の異常上昇。
そして、ナノ毒成分への選択的包摂。

葵は、その個体に名を与えた。

『ステラ・ノクティルカ』

夜に光る星。
傷を知った星。

佐竹の血を吸ったことで生まれた、第二世代のステラ。

それは単なる変異ではなかった。
人間の痛みを記録した植物だった。

さらに研究は第三の軸へ進む。

『カオス・カリクス』。

かつては暴走と破壊の象徴だった技術。
だが解析を進めるほど、その本質は単純ではないことが明らかになっていった。

分解ではなく、調停。
排除ではなく、安定化。

ステラ・フローラとステラ・ノクティルカの酵素群を媒介に、カオス・カリクスの反応性を「制御可能な速度」に落とし込む。


その結果、生まれたのが、ナノ毒後遺症抑制剤
『ルーメン・ステラ』。


粘膜吸収という、佐竹にほどこした応急的手段ではない。
血中投与でもなく、侵襲も最小限。

安定化された経口・注射両対応型。
効果は緩やかだが、確実に後遺症を抑える。


人を救うために人を犠牲にしない。

それが、この薬の設計思想だった。


完成報告書を閉じたとき、葵は初めて深く息を吐いた。

思い出すのは、あの夜。
佐竹が倒れ、彼女が泣きながら選択した、あの投与。


あれは間違いではなかった。
だが正解でもなかった。


だからこそ、ここまで来た。

葵の特別な花たち。
それらは、絶望にも希望にもなりうる花たちだ。


「希望と、その先を……みんなで作っていこうね」


葵は花びらに、そっと触れた。
頷いたように揺れるステラ・フローラ。
葵は微笑すると、腕時計に目を落とす。

「そろそろ、温室に行かなきゃ」

葵は椅子から立ち上がると、ラボを後にした。
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