暁に星の花を束ねて
「どうでした? 会議」


葵は少し首を傾げ温室の光を背に佐竹を見上げた。

佐竹は、すぐには答えなかった。
ほんの短い沈黙。

戦略も、数字も、各国の顔色も、すべて頭の中には整理されている。

「……問題ない」

低く云ってから視線を逸らす。

葵はその言葉にほっとしたように、微笑んだ。

「よかったです」

その一言で佐竹の肩から、目に見えない重みがまた一つ落ちた。

佐竹は温室の葉越しに白波始めた外を見つめながら、小さく息を吐く。



「想定通りだ。反対も、条件も、全部」



声がわずかに柔らぐ。


「……だから」


葵が瞬きをする。
 

「はい?」


佐竹はゆっくりと視線を戻し、真正面から葵を見た。


「ご褒美を、もらいにきた」


不意に佐竹が云った。


「ご褒美?」


聞き返した葵に、佐竹はほんの一瞬だけ視線を伏せる。


「……抱きしめさせてほしい」

「えっ」


一拍。
葵の顔が、わかりやすく赤くなる。


「で、でも……お仕事中ですよ?」


視線が泳ぎ、両手を胸の前で握りしめる。
佐竹は、困ったように眉をわずかに寄せた。

「だめか?」

低い声。
強さはない。
ただ、素直だった。

葵は、しばらく迷ったあと、小さく息を吸う。


「……わかりました」


ほとんど囁きだった。

次の瞬間、佐竹の腕がそっと回される。

強くない。
包むだけの静かな抱擁。

葵の額が、胸元に触れる。


「おつかれさま、佐竹さん……」


囁くような声。

葵の手が佐竹の背中を、ゆっくりと撫でた。

一度。
二度。

慰めるように。
確かめるように。

その瞬間。
佐竹の腕に、はっきりと力がこもる。

自分でも驚くほど無意識だった。

逃がさないという強さではない。
離したくない、という本音だった。

そう。
佐竹の失われたはずの感覚は戻りつつある。

葵の額が胸に押し当てられる。

「……星野葵」

名を呼ぶ声は、低く、かすかに震えている。

「……もう少しだけ」

返事を待つ前に葵の背中に回された手が、さらに深く抱き寄せた。

葵は驚いたように小さく息を吸ったが、拒まなかった。

「……はい」

背中を撫でる手が止まらない。

世界の半数企業を率いる男が、今この瞬間だけは、一人の人間として、温もりに縋っていた。

温室には言葉より確かなものが満ちていた。

思考は止まり。
胸の奥だけが、熱を持って主張していた。





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