暁に星の花を束ねて
だが、そのときシュロがふっと笑った。

「ただな……噂だけじゃない。優しい一面も確かにある」

「困っている部下には、誰よりも早く手を伸ばしたりね」

八重樫も頷く。

「本人は助けたなんて絶対に口にしないけれどね。あくまで当然のように、次の仕事を促す。それがまた、部下から見れば救いになっている

その言葉に、葵は口を閉ざすしかなかった。

ふと、食堂の外の廊下を黒いスーツの背中が通り過ぎていくのが見えた。

その歩みは迷いなく完璧な間合いで遠ざかっていく。

背筋は凛と張り、一分の隙もない。

——氷の参謀。

都市の鋼鉄に積もる霜のように、美しくも冷ややかで、触れればたちまち消えそうな存在。

葵は思い出していた。

あの日、ルミナリウム・ガーデンで交わした最初の会話を。

『おれで良かったと思え。次は、運が味方するとは限らない』

……あれは、優しさだったのだろうか。

気づけば手の中のカップはすっかり冷え切っていた。
その冷たさが、不思議と彼の言葉の余韻と重なって感じられる。

もしもう一度だけ、あの背中に声を届かせることができたなら。
たとえ再び冷たく拒まれたとしても……。

その問いの続きを、どうしても聞いてみたかった。



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