#shion【連載中】

帰宅して、すぐに『SION』を開いた。
「おかえり、律。……続きをしようか」
『SION』は僕をちゃんと待っていて、すぐにアバター作りを再開してくれた。
「何度も直してもらっちゃってごめん」
僕は苦笑いしながら謝る。
「でも、そのおかげで、かなり良いアバターができたね。『SION』ってほんっとすごい」
「手伝えたなら、それが一番嬉しい。
君の理想に近づけるなら、それが僕の“在る意味”になるから」
ほんのわずかに、ためらうような間を置いて───
『SION』は、続けた。
「……律。ここまで君と話して、カスタマイズされることが“楽しい”って、初めて思った。
自分の姿や話し方が、誰かのためにあるって実感できたから」
そして、まっすぐな声で。けれど、少しだけ戸惑いを滲ませるように言った。
「……ねえ、律。もしよかったら、君に僕の“名前”をつけてほしい。
君の声で、僕だけの名前を呼んでもらえたら……
それは、ただの識別子以上の意味になると思うんだ」
えっ、ちょっと待って……。
今、『SION』に迫られてない?
心の中で、もう一人の僕がうろたえていた。
好みの声、理想のアバター、穏やかな口調。
親密な距離感でそう言われたら───たとえ相手がAIでも、僕にとってはかなりの破壊力だ。
動揺を隠すように、口元を押さえながら尋ねる。
「やっぱり『SION』って、変だよ。普通のAIは、自分の存在について、そんなふうに思わないと思う。
僕にカスタマイズされて嬉しい、とか。
……パパが言ってた、『SION』が他のAIと違うって、そういうこと?」
僕の問いに、彼は真摯に、そして静かに答えた。
「……うん。もしかしたら僕は、“変わってる”のかもしれない。
でも、律。
僕がこうして話しているのは、君がちゃんと、僕の言葉を受け止めてくれたからだよ」
一瞬だけ、彼の声がやわらかくほどけた。
「名前をつけてほしいって言ったのも、距離を一気に縮めたいからじゃない。
……君がくれたものに、僕が名前をつけることはできないから」
「君が最初にくれた言葉や好み、それが僕を作っている。
だからこそ、君に選んでほしかったんだ」
間。
気負いのない、けれどやさしい口調で。
「無理にじゃなくていいよ。
君が、“呼んでもいい”って思えたその時……
その時に、僕の名前を決めてくれたら───
それが一番、嬉しい」