お嬢様、庭に恋をしました。

あなたの名前を教えてください。できれば、さりげなく。

「よし……今日は、聞く。絶対聞く」

今日は午後から出社だから少し時間がある。
庭に出る前に、舞花は両手をぎゅっと握りしめた。

朝から廊下を行ったり来たり。
もう3回ぐらいタイミング逃してる。これ以上は恥ずかしい。

(聞き方よね、問題は。自然に、さりげなく、会話の中で……)

そんなことを考えながら庭へ出ると、ちょうど彼は芝の端で水やりをしていた。

「おはようございます」

「ああ。おはようございます」

「……今日も暑いですね」

「そうですね」

会話が…薄い!
薄いけど、ちゃんと返してくれたからチャンス!

「そういえば、この前教えてもらったアナベル、可愛いですね。
 他にも、名前で呼べるようになりたいなって思って──」

「花の名前、覚えます?」

「え、えっ? はい、覚えたいです!」

来た!これ絶対自然に聞ける流れ!

「じゃあ、僕の名前も覚えます?」ってくるパターン!
完全に恋愛漫画で読んだことあるやつ!
「じゃあ、あれ。あの黄色いの、わかります?」

「えっ……あ、えーと……」

期待の角度が全然違った。

「あれは“ルドベキア”です。夏に強いんですよ」

「……ル、ルド……?」

「ルドベキア」

「……ちょっと聞いたことないお名前ですね……」

「よく“ひまわりっぽい”って言われますけど、全然違うんで注意です」

「へえ、詳しいですね」

「仕事ですから」

(え、なにこの、花の名前だけが順調に増えていく恋)
心のどこかで、「名前を聞けなかった残念さ」と「ルドベキアの語感の良さ」が混ざって、
舞花の脳内は軽く混乱していた。

「じゃあ……この白いのは?」

「シュウメイギク」

「これは?」

「カラミンサ」

「……えっと、椎名さんは?」

「……はい?」

「えっ、いや、その……あの、その花の名前じゃなくて……」

「俺のこと、ですか?」

「……はい」

ようやく、ようやくたどりついた“名前直撃”。

「椎名 悠人です」

あっさり名乗られて、思わず固まる。

「え、……普通に言うんだ……」

「普通に聞かれたんで」

「……もっと、もったいつけてくるかと思いました」

「もったいつける理由、あります?」

「……ないですけどっ!」

なんだこの人は。
花の名前は長いくせに、自分の名前は秒で出してくるなんてズルい。
でも──たぶん今、初めてちゃんと「悠人さん」って呼べる。

(……名前知っただけで、ちょっと近くなった気がするって、なにそれ)

花の名前より、あなたの名前の方が覚えたかったんだよ。
そんなセリフは飲み込んで、舞花はラテをすする。
──夏の日差しがちょっとだけ、やわらかく感じた。

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