お嬢様、庭に恋をしました。

庭以外で会うと、ちょっとズルい。

会社帰りに舞花は近所のコンビニに立ち寄っていた。
「なんか今日は、疲れたなぁ……」と呟きながらスイーツコーナーへ。

「……やっぱこれかな」

プリンを手に取ろうとした、その瞬間。
隣からも同時に伸びた手が、ぴたりと舞花の手に触れた。

「わっ、ごめんなさ──」

「……それ、また奪われるとこでしたね」
 
その声。
そのトーン。
そしてその顔。
 
「えっ……椎名さん!? え、うそ、なんで!?」

「こっちの現場、ちょっと入ってて。帰り道です」

作業着じゃない。
今日はラフな白Tに、黒のパーカー、ジーンズ。

帽子もしてなくて、
少しだけ風で乱れた髪が、なんだかやけに自然体で。
(あ、やばい)

庭じゃない場所で見る椎名さん、
……なんか、ちょっとかっこいい。
 
「お嬢様こそ、なんでこんなところに?」

「……プリンの回収に来ただけです」

「それは大事ですね」

口元が、ふっと緩む。
(え、今、笑った……!?)

その瞬間、コンビニの冷気とは違うゾクッとする熱が背中を走った。

「ていうか、その格好……すっごいラフですね」

「……変ですか?」

「いや、なんか……素に近くて、びっくりしました」

「じゃあ、庭で会ってる俺は“素”じゃないですか?」

「うっ……そ、それは……」
(あれ? この会話、なんか……テンポが、ちょっと違う)
 
今までみたいな、堅めのやりとりじゃない。
少しフラットで、でもちゃんと特別で。
言葉と一緒に、心の距離も、ふっと近づいた気がした。
 
「……じゃあ、これ買って帰ります」

「私も」

「……被りましたね」

「味の趣味まで一緒とは、やば」

笑い合ったそのタイミングで、レジが空く。
なんとなく、ふたりで並ぶ。
買い物袋を手にして、外に出る。
夕方の風が、やさしく肌をなでた。
 
「……じゃあ、また庭で」

「……はい。気をつけて」
 
別れ際、ふと振り返ったら、
彼も同じタイミングでこっちを見ていた。
目が合って、
ほんの一瞬だけ、どちらともなく笑った。
 
──庭じゃない場所で会うと、
この人のこと、また違って見えてしまう。
いつの間にか、“ただの庭師さん”じゃなくなっていた。
 
(……ずるいな)
そんな言葉が、心の奥に浮かんだ。
でもたぶん──
好きって、こういうことなんだと思う。

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