お嬢様、庭に恋をしました。
その人、感じ悪い
今日は水曜日でリモートワークだった。
家で原稿チェックと修正作業に追われて、肩がすっかりバキバキだ。
舞花はようやく仕事を終えて、
リビングのソファでひと息ついていた。
窓を開けると、やわらかな風がふわりとカーテンを揺らした。
マグにお気に入りの紅茶を注ぎ、
サンダルのまま、ふわっとした部屋着で庭へ向かう。
ドアを開けた瞬間、少しだけ気温が変わる。
午後5時前。
空にはまだ陽が残っていて、庭はオレンジとグリーンが混ざったような光に染まっていた。
ローズマリーの香りがほのかに香る。
ベンチまでの小道を、コトコトと足音だけが響いていく。
「さて、癒されに行きますかー」
ふっと笑いながら歩きかけた、その瞬間。
「……そこ、作業中なんで」
「……は?」
低くて、感情の読めない声が耳に飛び込んできた。
視線を向けると、ベンチのそばの木陰で、ひとりの男性がハサミを動かしていた。
黒っぽいキャップ、作業用のズボン、軍手。
庭の雰囲気とはまるで不釣り合いなその姿──だけど、やけに整った顔立ち。
いやいやいや、顔じゃなくて。
「えっと……どちら様?」
「庭師です。昨日から手伝いに入ってます」
淡々とした声。目も合わない。
「……そうなんですね。でもそのベンチ、いつもわたしが──」
「剪定中なんで、葉っぱ飛びますよ。服、汚れます」
「……え、そういう言い方……」
言い返そうとして、口が止まる。
べつに間違ったことは言ってない、はず。
でもなんか、トゲがあるというか、感じ悪いというか。
「高橋さんは……?」
「今週お休みだって聞いてます」
会話というより、業務連絡。
こちらの感情なんてお構いなしの、“事実のみ”が並ぶ受け答え。
(……それにしても、感じ悪くないですか!?)
思わず心の中で叫んだそのとき、
彼は何も言わずにしゃがみこんで、再び枝を整えはじめた。
(ちょっと、石? 置物? 庭に馴染みすぎて逆にイライラする)
もやもやしながらも、舞花は少しだけ離れたベンチに腰を下ろした。
紅茶の香りがふっと鼻をくすぐるけれど、気分はまったく癒されない。
風に乗って、剪定された枝がちらちら舞ってくる。
──葉っぱ、ほんとに飛んできた。ちゃんと。
(なんなのよ、もう……)
なのに──
ちらっと横目で、つい彼の姿を見てしまう。
日差しを背に、無言で枝を整える横顔。
黙々と、でも迷いなく手を動かすその姿に、どこか職人っぽさがにじんでいた。
椎名 悠人(しいな ゆうと)、26歳。
代々庭の手入れを請け負っている業者の若手で、今回、有栖川家に初めて来ていた。
無愛想で口数は少ないが、剪定の腕は確かで、どこか不器用な優しさがにじんでいる──
……なんてことを、今の舞花はまだ知らない。
ただの「感じ悪い人」として、記憶に刻まれたばかりだった。
(……でも、ちょっとだけ、いい腕してるかも)
そう思ってしまったことが、なんか悔しかった。
家で原稿チェックと修正作業に追われて、肩がすっかりバキバキだ。
舞花はようやく仕事を終えて、
リビングのソファでひと息ついていた。
窓を開けると、やわらかな風がふわりとカーテンを揺らした。
マグにお気に入りの紅茶を注ぎ、
サンダルのまま、ふわっとした部屋着で庭へ向かう。
ドアを開けた瞬間、少しだけ気温が変わる。
午後5時前。
空にはまだ陽が残っていて、庭はオレンジとグリーンが混ざったような光に染まっていた。
ローズマリーの香りがほのかに香る。
ベンチまでの小道を、コトコトと足音だけが響いていく。
「さて、癒されに行きますかー」
ふっと笑いながら歩きかけた、その瞬間。
「……そこ、作業中なんで」
「……は?」
低くて、感情の読めない声が耳に飛び込んできた。
視線を向けると、ベンチのそばの木陰で、ひとりの男性がハサミを動かしていた。
黒っぽいキャップ、作業用のズボン、軍手。
庭の雰囲気とはまるで不釣り合いなその姿──だけど、やけに整った顔立ち。
いやいやいや、顔じゃなくて。
「えっと……どちら様?」
「庭師です。昨日から手伝いに入ってます」
淡々とした声。目も合わない。
「……そうなんですね。でもそのベンチ、いつもわたしが──」
「剪定中なんで、葉っぱ飛びますよ。服、汚れます」
「……え、そういう言い方……」
言い返そうとして、口が止まる。
べつに間違ったことは言ってない、はず。
でもなんか、トゲがあるというか、感じ悪いというか。
「高橋さんは……?」
「今週お休みだって聞いてます」
会話というより、業務連絡。
こちらの感情なんてお構いなしの、“事実のみ”が並ぶ受け答え。
(……それにしても、感じ悪くないですか!?)
思わず心の中で叫んだそのとき、
彼は何も言わずにしゃがみこんで、再び枝を整えはじめた。
(ちょっと、石? 置物? 庭に馴染みすぎて逆にイライラする)
もやもやしながらも、舞花は少しだけ離れたベンチに腰を下ろした。
紅茶の香りがふっと鼻をくすぐるけれど、気分はまったく癒されない。
風に乗って、剪定された枝がちらちら舞ってくる。
──葉っぱ、ほんとに飛んできた。ちゃんと。
(なんなのよ、もう……)
なのに──
ちらっと横目で、つい彼の姿を見てしまう。
日差しを背に、無言で枝を整える横顔。
黙々と、でも迷いなく手を動かすその姿に、どこか職人っぽさがにじんでいた。
椎名 悠人(しいな ゆうと)、26歳。
代々庭の手入れを請け負っている業者の若手で、今回、有栖川家に初めて来ていた。
無愛想で口数は少ないが、剪定の腕は確かで、どこか不器用な優しさがにじんでいる──
……なんてことを、今の舞花はまだ知らない。
ただの「感じ悪い人」として、記憶に刻まれたばかりだった。
(……でも、ちょっとだけ、いい腕してるかも)
そう思ってしまったことが、なんか悔しかった。