お嬢様、庭に恋をしました。

優しい顔、知らなかった

その日、仕事の外回りから帰ってきた舞花は、
少し疲れた体を引きずるように庭へ出た。
 
時計は16時過ぎ。
空はやや曇り、でもまだ明るい。
 
──癒されよう。何も考えずに、庭の空気吸って、マグ持って、座って。
 
そんな気持ちで出た庭の向こう。
舞花の足がぴたりと止まった。
 
悠人が、女性と話していた。
 
前にも見かけたことのある、同じ業者の女性スタッフ。
淡いグリーンの作業着に身を包み、ナチュラルメイクで清潔感のある人。

しかも──

悠人が、その女性の帽子をそっと直していた。
風でずれてしまったのか、何気ない動きでつまみ上げて、軽く手を添える。
そのときの表情が、
舞花が今まで見たどの悠人よりも、やわらかかった。

(……え)

笑ってる。
ほんの少し、目元が緩んで、
彼女の言葉に頷きながら、自然に笑ってる。
(うそ、そんな顔……私には見せたことないのに)

 
しかも、笑ってた。
 
ちょっと目を細めて、
口元がやわらかくて、
舞花が話しかけたときなんて一度も見たことない、優しい顔。
 
(……え、なにそれ)
 
思わず、陰になるところに身を寄せてしまった自分が、
我ながら情けないと思ったけど──
 
目が離せなかった。
 
軽く会話をして、女性がにこっと笑うと、
悠人も、ふっと息を抜くみたいに微笑んでいる。
 
(……そんな顔、するんだ。
ていうか、なんで私のときはいつも、無表情なの?)
 
心の奥が、じわっと冷たくなる。
そのまま、庭に出るのをやめて、静かに引き返した。
 
玄関を閉めた音が、妙に大きく響いた。
 
──自分だけに見せる優しさがある、なんて思ってた。
だけど今、目にしたのは真逆だった。
 
優しい声。自然な笑顔。
ふれても当たり前みたいな、距離の近さ。
 
(……私だけが、特別なんじゃないんだ)
 
さっきまで「疲れたから癒されたい」なんて思ってたのに、
癒されるどころか、心がぎゅっと苦しくなっていた。

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