お嬢様、庭に恋をしました。

雨の音と、君の気配

空がずっと灰色な午後。
朝からなんとなく気持ちが晴れなくて、
マグに入れたカフェラテも、いつもよりぬるく感じる。
(……今日は、来てないんだ)
 
昼過ぎ、庭に目をやっても、
剪定ハサミの音もしないし、作業服の姿も見えなかった。

 
雨が降り出したのは、夕方ちょっと前。
窓をたたくリズムが、やけに静かで、
スマホを見る手が止まる。
(もうすぐ梅雨……か)
 
そう思いながら、ふと目線を落とすと──
ベンチのそばに、昨日咲き始めた白いバラが見えた。
 
(あの子、咲いたばっかりなのに、雨でつぶれたらかわいそうかも)
 
そんな小さな使命感で傘を取って、
小走りで庭に出たそのとき。
 
「──あっ」
 
目の前に、見覚えのある後ろ姿。
 
作業用のキャップ。濡れた作業服の背中。
少しだけ肩が揺れてて、黙々と土をならしてる。
 
……椎名さんだった。
 
「ちょ、え、なんで!?傘さしてないじゃないですか!」
 
思わず声を上げると、彼は振り返って、
ゆっくり、視線を上げた。
 
「……お嬢様こそ。こんな日に庭に?」
 
「こっちのセリフです!!びしょ濡れですよ!?!」
 
「……このあたり、泥が流れやすいので」
 
「あーもう……風邪引きますよ、ほんとに」
 
慌てて傘を差し出すと、
悠人の髪から、ぽたぽたと水滴が落ちた。
(……びっくりするくらい、濡れてる。ていうか)
(かっこよすぎじゃない!? なんで濡れてると2割増しなんですか!?)
 
自分の心臓が、ドクンと跳ねたのがわかる。
でもそれをごまかすように、
舞花は言葉を絞り出した。
 
「……来ないと思ってた」
 
「……そう思わせたかったわけじゃ、ないんです」
 
悠人は、ゆっくり言った。
その声が、いつもより低くて、どこか、やさしく聞こえた。
 
「でも……来てほしいって思ってくださってたなら、ちょっと、うれしいです」
 
雨音が、さっきよりも強くなる。
なのに、心の中は不思議と静かだった。
 
(……もう、やめて。そういうこと、さらっと言うの)
(傘、支える手が震えちゃうから)
 
一緒に雨の下に立つ距離が、
ふたりの距離を縮めた気がして──
舞花の心は、すっかり濡れていた。

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