お嬢様、庭に恋をしました。

私はまだ、何もしていない

「舞花〜、今週末ヒマ? コンテストの記事、回せそうならお願いしたいんだけど」

「コンテスト?」

「うん。“GARDEN AWARD 2025”。なんかけっこう大きい庭師の大会でさ、
ちょうど出場者のプロフィールも出てるし、話題性あると思って」
 
その名前に、心臓がひとつ跳ねた。
ガーデンアワード。
最近、美羽が“面白そう”と言っていた大会だ。
 
取材資料を渡されて、思わず手が止まる。
 
《出場者リスト(抜粋)》
──《椎名 悠人》
 
「……」
 
スマホを見つめたまま、息を詰めた。
何か、喉の奥につかえたような感覚。
指先が冷たくなっていく。
 
(椎名さんが……)
 
彼の名前が、堂々とその中にあった。
プロフィールには、簡単な経歴と、これまでの実績が書かれている。
どこにいて、どんな現場を経験してきたか──
 
そこに、「有栖川家」の文字は、どこにもない。
 
(……出てたんだ。コンテストに)
(それも、こんなに大きな舞台に)
 
彼が、あの日を境に一言も連絡をよこさず、
突然、庭から姿を消した理由がわかったわけじゃない。
 
でも──
でも──
ふと、数日前に見つけたあの白い花が、胸によみがえる。
 
ベンチのすぐ横。
舞花しか気づかないような場所に、そっと咲いていた。
 
(言葉はなかったけど。
あの花だけは──残してくれてた)
 
(“また会う日を楽しみに”。
そんな花言葉を、私だけに託してくれたんだ)
 
(何も言えなかった代わりに、
“想い”を、花に込めて残していったんだ)
 
その瞬間だけ、胸がきゅっと、優しく苦しくなる。
 
(彼は、“彼の場所”で、ちゃんと前を向いてる)
(なのに私、あれから何もできてない)
 
ただ待ってるだけ?
ここで、“来てくれる”のを、ただじっと。
 
(それでいいの?)
 
見に行きたい。
どんな顔で立ってるのか、この目で確かめたい。
でも、名乗れば彼にも伝わる。
「また勝手に来た」と思われたらどうしよう──
 
(……違う。そんなこと、思うわけないのに)
 
でも、その一歩が踏み出せない。
舞花はスマホを胸元にぎゅっと抱えたまま、
カフェの窓の外に、ぼんやりと視線を落とした。
 
「……椎名さん」
 
彼がどこかで懸命に庭をつくっている。
それだけは確かだった。
 
なのに、何もできない自分がもどかしくて。
 
──私は、まだ何もしていない。
それが、今のいちばんの痛みだった。


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