ああ、今日も君が好き。
後日、俺はサーヤに紹介された店を訪れた。
東都金牛区の裏路地。
繁華街の大きな通りの一本裏に入った場所に一軒の店が佇んでいた。
夜の店が入るビルが立ち並ぶ若干怪しげな地域だが、目的の店は綺麗な煉瓦造りの建物で、道沿いに面した大きな窓が清潔な店内を照らし出していた。
可愛らしい店の入り口の上部に取り付けられた看板には「Lucky Dog」の文字。
カラン。
「いらっしゃいませ」
店のドアを開けると、目の前のショーケースには芸術品のようなケーキやプリン、シュークリーム等が所狭しと並べられていた。
見吉さん家族への手土産としてサーヤに紹介された店は何故か喫茶店だった。
しかしただの喫茶店ではなく、店内で作ったケーキや洋菓子を販売する所謂テイクアウトが出来る喫茶店だ。
サーヤが言うにはここのケーキは絶品で雑誌やテレビにも何度も取り上げられているらしい。
「今話題のケーキをお土産で持っていけば柴ケンの好感度爆上がりよ!」とサーヤは言っていたが、正直ケーキ如きに釣られるような彼女ではないと思う。
「店内をご利用ですか?お持ち帰りですか?」
「あ、持ち帰りで」
ぐるりと店内を見渡すと、店内は一見喫茶店のようなBARのようなレトロな感じで、俺なんかみたいな大学生には少々場違いな雰囲気を醸し出していた。
実際、店内にいる客は年齢層が高い気がするし、場所が場所だけに夜の店で働くような女性やホストみたいな人もちらほら見受けられた。
「お客様、ご注文は?」
店員の声にハッと我に返る。
「あ、すいません。えっとー……ショートケーキとモンブランと、後はチーズケーキとガトーショコラで」
「畏まりました。お持ち歩きの時間はどのくらいですか?」
「二時間くらいです」
「では保冷剤を二個入れさせて頂きます」
俺の注文通り店員がそれぞれのケーキを手際良く箱に納める。
ふと視線を上げて店員を見ると、堂々とした姿勢にもたつきのない手際の良さが目立った。
(俺と同じくらい…。いや、少し年上か?)
目の前の店員は俺と然程歳が離れていないように見えた。
決して愛想が悪いわけではないが、時折見せる強張った表情と栗色の短髪が彼の実年齢を分からなくさせていた。
「お待たせ致しました。こちらがご注文の品になります」
「あ、どうも」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
フッと、口元が緩む。
抑揚のない声で「お待ちしております」なんて言うから思わず笑ってしまった。
接客業が苦手なのか?
でも仕事は出来そうな感じだけどな。
「……お客様?」
一向に帰ろうとしない俺を見て、店員が怪訝そうに表情を歪める。
しかも人の顔見て笑ってしまうと言う失礼なことをした俺の印象はあまり良くないだろう。
「あ、すいません。その……また来ます」
そう言って俺は逃げるように店を出た。
こんなところでもたついている暇はない。
彼女との約束の時間までもう一時間を切っていた。
「よしっ」
俺は気合を入れ直して彼女の家に向かって歩き出した。
この時、俺はまだ知らなかった。
彼女の家に居候させてもらうことで彼女の家族と深く関わることになり、そして彼女の暗く閉ざされた過去に土足で踏み込むことになるとは、夢にも思っていなかった。