黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~
 特に思い残すこともない。待つ者はいない。家族も恋人も――誰ひとり。
 母が亡くなったときに『おまえは死神だ』と異母兄に言われた。皇太子の言葉を真に受けた皇帝も俺を遠ざけた。そのせいで俺に近寄ってくる貴族達もいなかった。

 死ぬときまで(ひと)りだなんて、いかにも自分らしい。

 手足の感覚がなくなり、意識が暗闇に吸い込まれて行こうとしたとき、ガタンとドアが開く音がした。かろうじて残っている聴力が人の気配を察知する。
 暗殺者に見つかったのか。

 逃げようという気すら起こらない。もう指先一本動かせないのだ。今とどめを刺されるか、刺されずともこのまま息絶えるだけ。死んだふりをする必要もないくらいに十分死にかけている。

 まぶたを持ち上げる力すらなく横たわっていると、足音がすぐそばまでやってきた。

 死を覚悟した次の瞬間、突然脇腹がボワッと熱くなった。斬られたときとは違う、包み込まれるような感覚で、熱いのに心地よい。

『――生きて』

 かすかに聞こえた声は女性のもので、まるで泉のほとりで揺れる花のように可憐で清涼だ。体の中に堆積した毒素が、浄化されていくような感覚があった。

 いったい誰なんだ。

 姿を見ようと重いまぶたを必死に持ち上げたが、白いベールのようなまばゆい光に遮られ、はっきりとは見えない。
 ぼんやりとした長い髪のシルエットに手を延ばしたら、包むように握られた。その手は俺の手よりはるかにちいさく、すこしひんやりとしている。

『〝命……息吹……女神……福を〟』

 歌うような声と温もりに包まれ、心地よさにまぶたを下ろした。

 次に目を開けたとき、俺はベッドの上だった。かろうじて一命をとりとめていた。

 廃屋で気を失っているところを運よく神官に発見され、治療院に運び込まれたようだ。おかげでずいぶん短期間で回復した。

 あの女性はいったい誰だったんだ……。

 状況から考えておそらく聖女の誰かだと察するが、はっきりと顔を見たわけではない。唯一の手掛かりは、あのとき聞いた不思議な言葉だけだった。


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