黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~

 体を拭き終わった後、しばらく待っても陛下が戻ってこない。寝室の扉を少し開けて隣の部屋をのぞいたが、陛下の姿はない。美しい布地が張られた大きなソファーがいくつもあるリビング応接室だ。
 私はそっとそちらに足を踏み入れた。

 ソファーに並べられたクッションは少しの乱れもない。誰も座っていないのだろう。上を見上げるときらびやかなシャンデリアが下がり、横を見たら精緻な彫刻が入ったマントルピースが暖炉を囲っている。私はそれとは反対側に足を向けた。
 天井まで届くほど大きな窓からは、朝陽が燦々と降り注いでいる。広大な庭園も見渡せ、バルコニーの脇にある樹木の中に、次々と小鳥たちが出入りしていた。

 ふと奥にある扉から何やら物音が聞こえた。

 陛下がいらっしゃるのかしら?

 おそらく書斎か執務室だろうから、仕事をしているのかもしれない。邪魔してはいけないと思い、寝室へ引き返そうとしたとき。

「――ならないか、教皇よ」

 え? 今『教皇』って……。

 吸い寄せられるように声のするほうへ向かう。

 のぞき見なんてだめよ。
 頭の中で止めるもうひとりの自分に、『少しだけ』と言い訳をしてドアノブをそっと回した。

 こぶしひとつ分ほどの隙間から覗くと、執務机に座る陛下の顔が見えた。陛下の前には台座付きの大きな鏡があり、不思議な光を放っている。

 もしかしてあれは魔道鏡?

 もっとよく見えないかと目を凝らしたとき、陛下が眉根をきつく寄せた。

「他ならぬあなたの娘ではありませんか!」

 荒々しい声に、肩がビクッと跳ねた。反動で握っていたドアノブがガチャンと音を立てる。陛下が弾かれるようにこちらを向いた。
 恐る恐るドアの陰から顔を出すと、陛下は一瞬目を見張ったが、何も言わず鏡に向き直る。

「とにかく皇后回復のため、早急に教皇庁から聖女の派遣を願います」

 陛下が鏡に向かって頭を下げた後、鏡の光はスッと消えた。立ち上がった陛下がこちらへやってくる。

「ロゼ。どうかしたのか?」
「えっと……皇后様をきれいにし終わりました……でし」

 叱られるだろうと身構えて、しどろもどろになってしまう。すると陛下は私の頭をぽんと撫でた。

「お疲れ様。わざわざ報告に来てくれたのか?」

 そういうつもりではなかったけれど、ひとまずうなずいておく。

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