【番外編】イケメン警察官、最初から甘々でした。
夕食を終えたあとも、ふたりは湯上がりの浴衣姿で座卓の前に座ったまま、のんびりとした時間を過ごしていた。

障子の向こうでは虫の声が静かに響き、旅館特有のあたたかな静けさが部屋を包んでいる。

そんな中、涼介がふと口を開いた。

「……来月、警視庁の観閲式がある」

美香奈はすぐに反応する。

「観閲式?」

「うん。警視庁の式典。制服で参加するやつだ」

その一言に、美香奈の目が一気に輝いた。
ほんの数秒前まで湯上がりでぽわんとしていた顔が、ぱっと花が咲いたみたいに明るくなる。

「えっ、それって……!」

涼介は少しだけ目を細めて、美香奈の反応を楽しむように続きを言った。

「来るか?」

「いくいくいく!!絶対いく!!」
美香奈は食い気味に身を乗り出し、まるで宝くじが当たったかのような表情をする。

「日程教えて!!今から休み取るから!お願い、絶対観に行きたい!!」

涼介はお猪口を持った手を少し止め、その様子を見ながら心の中で静かに笑った。
(……制服着るだけで、そんなに喜んでもらえるとはな)

美香奈は目をキラキラさせながら、興奮した様子でさらに畳みかける。

「だって……私が最初に好きになったの、制服姿の交番の神谷さんだったんだから!」

その一言に、涼介の動きが一瞬止まる。

「交番の……?」

「そう!初めて見かけたときの涼介くん、もうすっごくかっこよくて!背筋ぴんってしてて、帽子もちゃんとかぶってて、あの横顔にやられたの!」

美香奈は嬉しそうに、両手で顔を覆ってから、ぱっと解いて両手をぎゅっと握る。

「またその姿を拝めるなんて……!世界一の“推し警官”を生で拝めるなんて!!感無量……!」

涼介は恥ずかしそうに口元を指でなぞりながら、目を逸らす。

「……そんなに盛り上がることか」

「盛り上がるに決まってるよー!観閲式ってことは、きっとびしっと正装だよね?絶対写真撮る!」

「……禁止かもしれない」

「えーっ、じゃあ記憶に焼きつける!4K画質で!」

美香奈の大興奮に、さすがの涼介も苦笑するように眉を下げた。

それでも――
その嬉しそうな笑顔を見ているだけで、彼の中にじんわりと、あたたかい何かが広がっていく。

(この顔が見たくて、連れてきたんだよな)

静かにお猪口を口に運びながら、涼介は美香奈の笑顔を横目で見て、ただ静かに、けれど確かに――微笑んでいた。
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