最期の晩餐
 私服に着替え、電車で帰る……気力がなくて、

「リッチにタクシー呼んじゃうか」

 スマホを手に取り、アプリでタクシーを手配。

「……何がリッチだよ。痛い出費なだけじゃんか」

 更衣室の椅子に、足を投げ出しながらだらしなく座り、タクシーの到着を待つ。

 お腹の痛みが落ち着き、誰もいない静かな部屋にいると、

「……楠木さん……」

 途轍もない悲しみが呼び起されて涙が溢れる。

 体調不良でも帰りたくなかったのは、イイ子ちゃんアピールがしたかっただけじゃない。ひとりでは、このどうしよもない悲しみを、どうしたら良いのか分からないからだ。誰かと一緒に居たかった。ひとりになりたくなかった。

 涙も乾かぬうちに、タクシーの到着時刻になり、ティッシュで豪快に鼻をかんで、俯きながらホスピスを出た。

 タクシーに乗り込み、運転手さんに自宅の住所を告げると、そっと目を閉じた。

 目を開けていることすらしんどいのもそうだけど、目を瞑っていれば涙も流れにくいから。……が、

「……イテテテテテテ」

 再びやってきた腹痛に、目をかっ開く。あまりにも痛い。誰かに腸を鷲掴みされて、捻じり絞られているかのような痛み。さっき全部出しちゃったから、もう出せるものなど何もないはずなのに、何かを排泄しようとする自分の身体に『ダメ‼ ここ、タクシーの中‼』と心の中で抗ってみるが、全然言うことを聞いてくれる気配がない。
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