冴えなかった元彼が、王子様になって帰ってきた。
【第一話:冴えなかった元彼が、王子様に変身していた】

***

 「今日からうちの総務部に配属された、奥畑悠里さんです」

 「はじめまして、奥畑と申します。本日よりこちらで働かせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

 悠里がやっとの思いで勝ち取った、転職先の『四ツ谷食品株式会社』。

 明治創業の食品製造会社で、今では日本を代表する大企業にまで成長し、海外にも多くの支店を持ちながら全国のさまざまな食を支えている一流企業だ。

 「じゃあ奥畑さんは、そちらにいる仁科さんから仕事を教わってください」

 「はい、かしこまりました」

 毎朝行われている簡易なミーティングも終わり、人柄の良さそうな部長は早々に次の会議へと去っていく。

それに倣って総務部の人達も各自自分の仕事へと戻っていく中で、悠里の教育係になっている仁科真紀子はヒラヒラと手を振りながら悠里を呼んだ。


 「初めまして奥畑さん!私、仁科真紀子です!分からないことがあったらなんでも聞いてね!」

 「仁科さん、初めまして奥畑です。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、精一杯努めます。改めてよろしくお願いいたします」

 「あらやだ、そんなにかしこまらなくて大丈夫よ!この部署、結構ゆるゆるなの!」

 悠里よりも四つ年上の真紀子は、大学を卒業してから現在に至るまでの十二年間、結婚、妊娠、出産の経験を経てもなおこの四ツ谷食品に勤め続けているベテランの先輩だった。


 「ここが給湯室で、お昼お弁当の人はこの冷蔵庫に冷やしておくの!で、こっちの棚にあるものは全部食べ放題の飲み放題だから、ちょっと休憩挟みたいときは気軽に使っていいからね!」

 「はい」

 「で、次が──……」

 一番に給湯室を案内する真紀子は、悠里の緊張を少しでもほぐそうとする心優しい先輩で、悠里もそれを察して少しばかりホッと肩の荷を下ろした。

 「じゃあまずは各部署から届いた休暇届を、このエクセル表に入力していってもらおうかな」

 「かしこまりました」

 裕一から一方的な別れを告げられたあの日から、悠里の心は完全に崩壊した。

 食事を摂ることはおろか、会社へ行くことさえできなくなって、休職願いを出そうと思っていたけれど、当時の悠里の上司は裕一である。

 悠里の心を壊した張本人と顔を合わせることなどもっての外で、悠里は最低限の荷物だけ持って格安のビジネスホテルへ逃げていた。

 そんな状態の悠里が休職申請の許可を取るために彼と話すことなどできるはずもなく、これまで溜まりに溜まっていた有給をすべて使い果たしたのち、休職ではなく退職届を会社の人事部へ直接提出することがやっとだった。




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