冴えなかった元彼が、王子様になって帰ってきた。
『ホテルなんて疲れが取れないだろう、家に帰ってきてほしい』
『もう一度二人できちんと話し合いをしよう』
『僕のことを殴ってくれても構わないよ』
『だから顔を見せてくれないか』
悠里の誕生日の翌日から、彼女のスマホには毎日のように裕一から数々のメッセージが届いていた。
少し前まで多忙を理由に連絡さえまともに取り合えなかったというのに、別れるとなった途端に人はここまで変わるものなのか。
悠里はシングルサイズの固いベッドの上で、膝を抱えながら彼と共にした二年間を振り返って、それらを嘲笑うように鼻を啜って泣くことしかできなかった。
「──悠里ちゃん、お昼どうする?」
半年前のことを思い出しながら、ひたすらにパソコン作業を熟していた悠里に声をかけたのは真紀子だった。
「……え?」
「もうお昼だよ?ご飯食べないとね!お弁当持ってきてる?それともどこか食べに行く予定?」
「あ……えっと、外で簡単に摂ろうかと」
「なるほど!じゃあさ──」
そう言って真紀子に誘われてやってきたのは、会社のビルを出て徒歩五分の場所にあるパスタ屋だった。
悠里達がお店の中に入ると、席には同じ総務部の人達が三人席に座っていた。
「奥畑ちゃん連れてきた!」
「あ、そっかそっか。真紀子、教育係になったんだもんね」
「奥畑さん、ここ座りな?あたし達いつもここか近くのパン屋でご飯食べてるんだよね」
「ささやかながら、今日はあたし達が奢ってあげるから好きなの選んでいいよ!」
緊張気味に体を強張らせていた悠里とは正反対に、真紀子達先輩組は優しく彼女を迎え入れた。
四ツ谷食品という大手企業に就職を決めても、職場の人間関係が一番気がかりだった悠里にとって、この環境はものすごく有難いものだった。
「あ、この鱈子クリーミーパスタおすすめだよ!私毎回これ頼んじゃうんだよね!」
「真紀子ってば本当に鱈子好きだもんね」
「いつかあんたが痛風にならないか、あたしらの心配はそこだけ」
「だ、大丈夫だよ!家ではあんまり食べないし!」
話を聞くと、三人の先輩はみんな真紀子の同期で、これまで異動や産休を繰り返しながら、今ではこうして四人とも総務部として一緒の部署で働いているのだという。
真紀子達四人を見ていて感じた、会社の同期という枠を超えて仲が良さそうなその雰囲気に、悠里はスッと肩の力が抜けていくのが分かった。
「あ、そういえば悠里ちゃんの歓迎会やらないとだね」
「確かに。うちの部署ってみんなちゃんと歓迎会してもらってるしね」
「え、いえ、そんな!私はみなさんにこうして今日ランチに誘っていただけでもう……」
「実はね?奥畑さんの歓迎会を開いてあげなさいねって、すでに私、部長からポケットマネー預かってるんだよね」
「ウチらの部長って本当にいい人だから、こういうときは甘えたほうがいいのよ」
「そうそう。ほら、それにさ──……タイミングが合えば〝王子様〟も参加してくれるかも、だよ?」
「……王子、様?」