冴えなかった元彼が、王子様になって帰ってきた。
全員のお皿が空っぽになったタイミングで、〝王子様〟についての話題を切り出したのは佐藤奈美だった。
奈美のその話題に、手を叩いて『それだ!』と乗り気になった真紀子達を他所に、悠里はキョトンと頭を傾げた。
「あのね、奥畑ちゃん。これから今日一番重要なことを伝えるね?」
「じゅ、重要なこと……ですか?」
「うん。とっても大切なことだから、よーく聞いておいてね」
「それでしたら、えっと、メモを出すので少し待ってください」
「いいのいいの!メモなんて取らなくていい」
「そう、ですか」
入社初日の、一番重要なことってなんだろう。
真剣な表情でそう言う真紀子に、悠里は背筋を伸ばして身構えた。
「うちの会社にはね、王子様がいるの」
「……え?」
「もうね、本当にキラッキラなの。背も高くて爽やかな子でね?」
「えっと、あの……」
「そうそう。鼻筋もシュッてしてて、程よく大きな二重の目にね、口角がキュッて上向いてんの」
「最初見たとき、君はアイドルかね!?ってあたし叫んじゃったもんね」
「しかもね?なんと経営企画部に所属されてんのよー!うちの社内で一番の花形出世部署!頭良いんだって、彼!」
「……?」
真紀子達四人がキャッキャと〝社内の王子様〟について熱く語っている様子を見て、悠里の脳内は混乱していた。
それでも構うことなく真紀子達先輩組は王子様のことを止めどなく話し続ける。
その〝王子様〟は大学院を卒業後に入社して以来、早々に人事部、営業本部、経理部などを回ったのち、会社随一のエリート部署と言われている経営企画部に所属が決まったそうだ。
そこから会社全体を巻き込んだ大型プロジェクトの責任者になったり、海外展開も積極的に行ったりと、類稀なる才能を発揮している期待のホープならしい。
顔も良くて仕事もできるうえに、プロジェクトに関わる部署によく顔を出して手土産や差し入れを持ってきてくれる気遣いもできるイケメンだとたちまち有名になり、そしていつの間にか付けられたあだ名が〝王子様〟なのだとか。
「いい、奥畑ちゃん?今からそんな彼の名前を教えるね?今日はもうこの名前さえ覚えて帰ってくれたらいいからね?」
「あんた教育係として最悪だよ、それ」
「アッハハ!そのくらい気楽なほうがいいって」
両手でガッと悠里の肩に手を置いて向かい合いながら、真紀子は彼女を見つめる。
きっと先輩達は、こうして場を和ませて自分の緊張をほぐそうとしてくれているのだろうと、悠里はそう考えてふっと笑みをこぼした。
「彼の名前はね、丹波理人くんっていうの」
「……丹波、理人?」
その名前を聞いた瞬間、悠里の心臓が大きく跳ねた。
「あ、そういえば奥畑ちゃんと理人くんって同い年じゃなかった?悠里ちゃんも今、二十九歳だったよね?」
「そう、ですね……」
「彼、まだ独身みたいだし、噂によると彼女もいないみたいだからさ!奥畑ちゃん、狙っちゃいなさいよ!」
「え?」
「あたし達はほら、もう旦那も子供もいるし?狙ったらいろいろアウトじゃん?」
「うちら先輩組は、奥畑ちゃんを全力で応援するからね!」