冴えなかった元彼が、王子様になって帰ってきた。
「(これ以上、他人のせいで自分の心を傷つけられたくない──……)」
〝だからもう、二度と他人を愛したりはしない〟
涙が枯れるまで泣き続けたあと、悠里はそう強く決意したのだった。
そもそも愛なんてものはこの世で一番不確かなものだった。
口約束で『将来結婚しよう』と言われて薬指に指輪をつければ婚約したことになり、婚姻届に記入して提出さえすれば結婚が認められる。そんなちっぽけな〝約束〟を一途に信じて安堵していた自分がバカだった。
どうせなら、この約束を破棄した場合、死刑だとか、社会的制裁が加えられるような法律があればいいのに。悠里はそんなどうでもいいことを考えていくうちに、再び自分の足で立ち上がることができるようになっていった。
そして、この四ツ谷食品に入社した何よりのきっかけは、一生一人で生きていくための手段の一つだった。
大手企業ならではの給料と充実した福利厚生、あまり贅沢をせずに定年まで勤め上げればきっと老後は困らない程度の貯金もできる。
誰にも頼らず一人で生きていくには……と考えた末の、今回初めてとなる転職活動は間違いではなかった。
悠里はそんなことを思いながら、午後からの仕事も真紀子に教わってパソコンのキーボードを鳴らしていた。
「仁科さん、こちらの作業終了しました」
「あ、ありがとう!奥畑ちゃん早いね」
「いえ、丁寧に教えてくださるおかげです」
「あ、そうだ十五時から六階の会議室CとEで会議があるんだけどね?その準備しに行かなくちゃ、だから一緒に行こうか」
「はい、分かりました」
「同じフロアの準備室に大量の缶コーヒーとかお茶とかおしぼりがあるから、それを人数分並べなくちゃいけなくてね?会議室が一気に埋まる日なんて最悪なんだよー!」
真紀子と二人でエレベーターで六階まで上がり、会議室の準備について一から教わる。
支給されたタブレットから会議室の予約状況を確認して、プロジェクターや人数分の椅子、それからおしぼりと飲み物を用意するまでが総務の仕事だという。
「じゃあ私はCのほう準備してくるから、奥畑ちゃんはEの部屋をお願いできるかな?」
「はい、準備してきます」
「何か分からないことがあったら声かけてね!」
「承知しました」
悠里のほうは経営企画部の戦略会議に使われる予定で、真紀子の部屋は人事部の定例会議が行われることになっている。
手を振りながら会議室Cに入っていく真紀子を見て、悠里も同じようにE室の扉を開けた。
「──あ、総務部の方ですか?」
「ひゃっ!」
「ここの会議室、準備してるんで大丈夫ですよ……って、あれ?」
会議室の中へ入った途端、まさか他の社員がいるとは思ってもいなかった悠里は、突然かけられた声に思わず飛び跳ねて驚いた。
冷静に考えれば、会議室を使う部署の人達が資料の準備やプロジェクトの設置をしに来ていてもなんら不思議ではない。
「す、すみません!他の方が来ていらっしゃるとは思わず……、失礼いたしました!」
「……」
「えっと、会議室の準備ありがとうございます……!」
「──もしかして、悠里ちゃん?」