冴えなかった元彼が、王子様になって帰ってきた。
ここは一旦退室するべきだろうか。
悠里も一度一人になって頭を整理する必要があった。このままではこのあとの業務に支障が出てしまう。
「じゃあ私、外に出てるね?あの、もう一つの会議室の準備に行ってるから……」
「──行かないで」
「……え?」
「ここに、いてほしい」
理人の力強い言葉に、素早くその場を去ろうとしていた悠里はピタリと体の動きを止めた。
「仕事中にこんなこと言うのよくないって分かってるんだけど……」
「うん?」
「今日、仕事が終わったら……少し話せないかな?」
「あ……」
「も、もし悠里ちゃんの都合がよければ、で大丈夫だよ!」
気づけば理人は悠里と向かい合うように立ち上がっていた。
とはいえ彼の両手は未だ顔を覆ったままだけれど。
「うん、今日は何も予定を入れてないから大丈夫」
「……!よかった、ありがとう」
「ふふっ、なんで顔隠したままなの」
「あ、いや、だって俺今絶対変な顔してるから……っ」
予想もしていなかった理人との再会に、最初は悠里も理人と同じくらいの衝撃を受けていたけれど、不思議なことに気まずさややりづらさは感じられなかった。
変わらず優しい声色で悠里の名前を呼んでくれたからだろうか。
それとも当時のように悠里を前にすると顔を真っ赤にさせていたからだろうか。
その理由は、悠里にはまだ分からない。
「私ね、今日が初出勤なの。だからそろそろ行かなきゃ」
「あ、そうだったんだ!……って、そうじゃなくても緊張してるだろうに、引き止めちゃってごめんね」
「ううん、むしろ知ってる人に会えてよかった」
「……!」
「じゃあ、また後でね」
「うん、楽しみにしてる。頑張ってね、悠里ちゃん。何かあったら力になるから」
理人の言葉に押されるように、悠里は会議室をあとにする。
彼女の心は穏やかではなかった。
理人に出会った瞬間から、言葉では言い表せられないような感情がずっと渦巻いている。
「奥畑ちゃん、そっちの準備どう?もうできた……って、顔真っ赤だけどどうしたの!?体調悪い!?」
会議室を出ると、ちょうど同じタイミングで真紀子も別の会議室の準備を終えて出てきたところだった。
まずい、と思ったときにはもう手遅れで、悠里の火照った顔を見て真紀子は慌てて駆け寄った。
「ち、違います!大丈夫です!」
「本当!?何かあったらすぐに言うんだよ?……あ、じゃあついでに医務室の場所教えておこうかな!」
「はい、お願いします」
「えっとね、確か八階だったような──」
悠里はこの感情の名前を、未だに見つけられないままだった。