タイプではありませんが


「山下」
 唐突に星野が話しかけてくる。
「なに?」
「俺さ、営業なんだ」
「?知ってるよ?」
 何を当たり前のことを。
「営業の基本は?」
「相手を研究して地道に交渉していく」
「他には?」
「色んな形の提案をする」
「それも大事だけど、もっと大事なんあるやろ?」
「何?」
()()()()
 楓は頷く。確かに大事だ。だけど。
「それがどうしたの?」
「ん?ただの確認だよ」
 星野の笑顔が何か含んでいるように見えるのは、楓の気のせいなのか。
 そんなことをグルグル考えているうちに駅についた。

「山下」
 再び呼びかけられる。
「何?」
 答えた楓を星野は胸に抱き寄せる。
 駅前で突然の行為に驚いて固まってしまう楓の耳元で星野は囁いた。
「本当は忘れたくない。だけど約束したから」
 ギュッと力を入れる星野。抱擁は一瞬だった。
 次の瞬間にはもう二人の間に距離ができていた。

「本当は送りたいけど。未練がましいから」
 星野は代わりに右手を差し出した。
 楓はためらいがちに自分の手を差し出す。
 握手する星野は、どこか清々しい顔をしている。そのことに幾分か楓は救われた。
「じゃあ、また同期としてよろしく」
 星野の言葉に胸が痛む。だけど楓は隠して笑う。
「よろしくね」

 手を放した星野は、「先行くね」と、楓に背を向けて改札をくぐった。
 その背中を見送りながら楓は思った。

 ホッシーの背中を見送るのは初めてだ、と。
 いつも楓が送ってもらってたから。

 出てきそうになる涙を吹っ切るように楓は足早に改札に向かった。
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