最弱スキルで転生した俺、気づけば英雄になっていた。

翌朝。

宿の窓から射す朝日がまぶしくて、俺は目をこすりながらベッドの上に起き上がった。

「……ふああ……なんか、ちゃんと眠れた気がする」

思えば、こっちの世界に来てから、まともに布団で寝たのはほとんど初めてだった気がする。
体も軽いし、気分も悪くない。……頭痛も、なし。

(よし。今日は、ちゃんと動けそうだ)

階下に降りると、すでに朝食の香りが漂っていた。
テーブルにはパンとスープ、そして座っているのは──

「おっはよ~、クレム!」

アベル。パンを両手に持って、にこにこしながら俺を手招きしていた。

「は、はよ……って、相変わらず元気だな」

「うん!朝から動かないと一日もったいないし!」

このエネルギー、どこから湧いてるんだろう。俺は思わず苦笑いを浮かべながら席についた。

スープを飲み終えるころ、アベルが目を輝かせて言った。

「ねぇクレム、今日は市場に行かない? なんか新しい食材が入る日なんだって!」

「市場? まぁ、いいけど……」

「ついでに買い出しのお手伝いしてよ!ミーナさんに頼まれててさ~!」

結局俺は、アベルの元気さに押し切られる形で市場へと出ることになった。

市場は、朝から活気に満ちていた。

焼きたてのパンの香り、果物を並べる商人の声、動物を連れた旅人、そして──

「わっ、見てクレム!このトマトめちゃくちゃ真っ赤だよ!おいしそ~~!」

「あんまり騒ぐなって……こっちまで恥ずかしい」

そう言いつつ、俺もちょっと気になって見ていたら──

不意に、視線を感じた。

人ごみの先。
木陰に立つ、ひとりの少女。

白い猫耳。風に揺れる、雪のような白髪。
漆黒のドレスは、まるで夜の静けさをまとっているようだった。

(……誰だ?)

目が合った、気がした。

その瞬間──なぜか背筋が、ゾクリと冷たくなった。

だが少女は、何も言わず、何もせず。
ただ静かに、こちらを見つめていた。

やがて──くるりと背を向け、市場の人ごみの奥へと消えていった。

「……クレム? どうかした?」

「え? あ、いや……なんでもない」

アベルが首をかしげてこちらを見ていた。

(……なんだったんだ、今の)

不思議な感覚だけを残して、白い猫耳の少女は、音もなく消えた。

まるで、誰にも気づかれないように──

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