最弱スキルで転生した俺、気づけば英雄になっていた。
その夜。

宿の一室、窓辺に腰掛けたまま、俺はさっきのことを思い出していた。

あの少女。

白い猫耳に、白髪のロング。黒いドレスの裾が風に揺れていた。
その姿もそうだけど──

(あの目……)

あれは、戦う者の目だった。

感情を封じ、ただ“存在”として見つめるような──冷たく、鋭い視線。

なのに、怖くはなかった。
どこか、懐かしいような、呼ばれたような気がして──

(……なんで、あんな気持ちになったんだ?)

考え込んでいると、部屋の扉がノックされた。

「クレムー?まだ起きてるー?」

アベルの声だった。

「……うん、ちょっとだけ」

「じゃあさ、明日も朝早いし、早めに寝なよ? なんか、今日ちょっとボーッとしてたし」

「う、うるさいな……!」

アベルは笑いながら階段を降りていった。
その後ろ姿が妙に背中で語ってるように見えて、俺はちょっとだけ罪悪感を覚える。

(……別に、やましいことはしてないんだけど)

布団に潜り込み、まぶたを閉じようとしたときだった。

──コツン。

窓に、小さな音が響いた。

「……?」

起き上がってカーテンを開けると、そこに──

いた。

あの白猫の少女。

月明かりを背にして、窓の外の欄干に立っていた。
まるで最初からそこにいたみたいに、無音で、影のように。

「……やっぱり、あんた──」

言葉をかけようとした瞬間、彼女がスッと指を口に当てた。

──“シィー”。

「静かに」と、口に出さずに伝えてくる。

(どういう──)

そして──彼女は窓の隙間から、すり抜けるように部屋の中へ。

音もなく、まるで幽霊みたいに。

「……あんた、誰なんだ?」

俺が問いかけると、彼女はゆっくりと歩き、ベッドの端に腰を下ろした。
距離は、手を伸ばせば触れられるほど。

「名前、あるよ」

彼女の声は、透明な鈴の音みたいだった。夜風のように静かで、冷たく、でも優しく。

「“ネーヴェ”。それが、わたしの名前」

「ネーヴェ……」

「それだけ言いにきた。今日は、もう帰るね」

「ちょ、待って! なんで俺の部屋に? あんた、なんで──」

「……君の“におい”、覚えてるから。昔、会ったことがあるの」

「……え?」

「でも──それを話すには、もう少し時間が必要。だから……また来るよ。クレム・ブランカ」

その名前を呼ばれたとき、確かに胸がざわめいた。

なぜ、彼女は俺の名前を知ってる?

なぜ、“においを覚えてる”なんてことを──?

そして、いつ──どこで会ったというんだ?

だがもう、聞く間もなく。

ネーヴェは窓からすり抜けて、夜の闇の中へと姿を消した。

残された俺は──ぽかんとしたまま、しばらく動けなかった。
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