最弱スキルで転生した俺、気づけば英雄になっていた。
翌朝。

「おっっっっそいよ!クレム!」

宿のロビーでアベルに怒られることから、俺の一日が始まった。

「いや、ちょっと寝不足で……」

「また夜更かし?昨日、妙にボーッとしてたし、何かあった?」

「いや、なんもないってば」

(……ネーヴェのことは、言うべきじゃない気がした)

あの少女が“誰なのか”まだわからない。
なのに、なぜか言っちゃいけない気がする。
秘密にしておきたくなるのは、なぜだろう?

その理由も、わからなかった。

 

***

 

その日、俺たちはちょっとした討伐依頼の準備で、町の南側にある市場を歩いていた。

人ごみに紛れて歩いていると──

「……クレム」

ふいに背後から名前を呼ばれた。

振り向くと、いた。

ネーヴェが、黒い日傘を差して、そこに立っていた。
けれど、昨日のような夜の気配は薄れていて、今日はどこか……幼さを含んだような表情をしている。

「っ、あ……」

俺は反射的に言葉を詰まらせた。

「会いに来た。昨日、言えなかったこと……少しだけ、思い出したの」

ネーヴェはぽつりとそう言って、小さな銀のペンダントを取り出す。

「これ、君がくれた。昔、森の中で……」

「……俺が?」

「うん。まだ私が“名前”を持たなかった頃──クレムがくれた。名前のないものには、名前をつけてあげるのが君の“癖”だったから」

記憶の奥底に、微かに何かがざらりと浮かぶ。

見覚えのないはずの森の風景。
その中に、小さな白い影──ネーヴェらしき存在が、確かにいたような気がする。

「それって……どこで……?」

聞きかけたとき、アベルが後ろから駆け寄ってきた。

「クレムーっ!あれ、そっちの人──」

俺とネーヴェの間に流れる空気に気づいたのか、アベルの声が少しだけ固くなった。

「えーっと……誰?」

「……ネーヴェ。クレムと知り合い」

ネーヴェはそう言って、アベルに軽く頭を下げた。

「ふうん……そっか。よろしくね!」

アベルは笑顔を見せたけれど、どこかぎこちない。

その場はそれで流れたけれど、俺の胸にはざわざわとした感情が渦巻いていた。

 

***

 

その日の夜。

ネーヴェと交わした、ほんの短い会話が、ずっと頭から離れなかった。

「……ねぇ、ネーヴェ。なんで……俺の名前を覚えてたんだ?」

「覚えてたんじゃなくて、忘れられなかったの。君だけは、私に“温かさ”をくれたから」

その言葉に込められた哀しさに、俺は何も返せなかった。

 

──ネーヴェは何者なのか。
──なぜ、俺のことを覚えているのか。
──そして、なぜ「温かさをくれた」なんて言うのか。

そのすべては、まだ霧の中。

けれど、それでもわかることがひとつあった。

──俺は、きっと昔、彼女を“助けようとした”んだ。

 

そして今また、俺の前に現れたってことは──
きっと、“続き”があるってことなんだ。

 

(……もう、逃げられないのかもな)

窓の外を見上げながら、俺は心のどこかで覚悟を決めた。
< 14 / 19 >

この作品をシェア

pagetop