最弱スキルで転生した俺、気づけば英雄になっていた。
朝の光が、淡く差し込む。

「……クレム。今日は、森へ行ってほしいの」

朝食を終えた頃、ネーヴェがぽつりとそう言った。

「森?昨日、君が“思い出した”って言ってた場所?」

ネーヴェはうなずく。

「きっと、そこに……全部じゃないけど、“私が何者だったのか”のヒントがある。あと、このペンダントも、たぶん……」

そう言って見せてきた小さな銀のペンダントは、昨日と違って、中心にうっすらと青白い光をたたえていた。

──まるで、それが“呼び水”になっているように。

「いいよ。じゃあ、行こうか」

「えっ、ちょっと待って!」

そこへ、アベルの声が飛ぶ。

「二人だけで?森って言ったよね? もしかして“静氷の林”?」

「……たぶん、そう呼ばれてる場所」

「ならなおさら危ないじゃん! それに……」

一瞬、アベルの言葉が止まった。

「……一緒に行っちゃ、ダメ?」

クレムは少し驚いてアベルを見る。

いつものように明るく笑ってはいるけど、その声の奥に、ほんの少しだけ沈んだ響きが混ざっていた。

「俺とネーヴェのことで、ちょっと気になることがあって」

「ふぅん……そう、なんだ」

アベルは、笑っていた。

だけど。

(その笑顔は──どこか、張り付いた仮面みたいだった)

 

***

 

森へ向かう道中、ネーヴェはあまり口を開かなかった。

クレムは何度か話しかけたけれど、「……」と目を伏せるばかり。

ペンダントの光だけが、少しずつ強くなっていく。

アベルは少し後ろを歩きながら、葉を摘んだり、枝をよけたり──いつも通りのように見えた。

でも、時々。

クレムとネーヴェの背中を見つめるその目が、どこか寂しげだった。

 

***

 

やがて、森の奥に辿り着いたとき。

そこに広がっていたのは──“凍った泉”。

木々の間にぽっかりと開いたその場所は、静謐で、どこか……“異界”めいた気配に包まれていた。

「……ここ。間違いない。ここで──私は」

ネーヴェが一歩、泉に近づく。

ペンダントが淡く光ると同時に、泉の水面が波打った。

──そして。

ざぶん、と。

水面から一瞬、何か“黒い手”のようなものが現れて──また、静かに沈んだ。

「っ……今の……!」

「記憶が、目覚めてる。きっと、まだ……全部じゃないけど、私の中に“封じられてる”の」

ネーヴェの声が震えていた。

そしてクレムがそっと手を伸ばす。

「大丈夫。ここには俺たちがいる。全部取り戻そう。少しずつでいい」

ネーヴェが、初めて──ほんの少し、微笑んだ。

 

けれどその横で。

アベルは、静かに拳を握っていた。

「……なんか、私……余計なのかな」

その呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

***

 

森を離れた後も、クレムはずっと考えていた。

「封じられた記憶」
「凍った泉」
「ペンダントに宿る力」

そして──

アベルの、あの笑顔の裏にあった寂しげな瞳。

自分は、知らないうちに何かを選び始めてしまってるのかもしれない。
けれど、今はまだ、何も答えが出せない。

夜の帳が落ちる頃、宿に戻ったクレムは、ひとり机に向かって、静かにペンダントの記憶をなぞるように指先で撫でていた。

 

──この先に、何があるのだろうか。

けれどそれでも。

ネーヴェの瞳の奥の凍てついた光が、少しずつ解けていくなら──

それだけで、進む理由になる気がした。
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