最弱スキルで転生した俺、気づけば英雄になっていた。
夜が更けたころ──
ネーヴェはひとり、宿のテラスに佇んでいた。
白い髪が月明かりに淡く揺れ、黒いドレスの裾が風にそよぐ。

「……“あの泉”にいたのは、私自身だった気がするの」

クレムがそっと隣に腰掛けると、ネーヴェは視線を下げて呟いた。

「凍った泉に……私は、封じられてた。“誰か”によって。……でも、“誰か”の顔はまだ思い出せない」

「誰か、って……敵……だったのか?」

「……わからない。でも、“とても大切な人”だった、気がするの。私を凍らせたその人は──きっと、私のことを……」

ネーヴェの言葉は、ふと風にかき消された。

ただその横顔は、どこか切なく、美しかった。

 

***

 

一方その頃──ギルドでは、ちょっとした“異変”が起きていた。

夜の受付で雑務をしていた職員が、棚の奥に仕舞われていた古い記録の一冊を、うっかり床に落とす。

ページがめくれて、開かれたその記録の中に──

“『氷封の魔女』、中央の泉にて封印成功”
“覚醒を防ぐには、記憶媒体を破壊すること”

──という、奇妙な走り書きが記されていた。

「氷封の……ま、魔女?」

受付嬢は震える手でページを閉じると、ギルドマスターへ報告に向かった。

(だが、それを、誰かがこっそり聞いていた……)

 

***

 

翌朝。

アベルは、クレムのベッドの上にちょこんと座っていた。

「……起きた?」

「うわ、こわッ! なんで俺の部屋に……!」

「ねえ、クレム。最近、ネーヴェのことばっかり見てない?」

「え……? いや、そんな──」

「……ふーん。いいよ。わたしも、ちょっとひとりで行動することにしたから」

アベルはくるりと背を向けた。

「今日は一緒にいかない。やることあるから」

そのままぱたぱたと軽い足音を響かせ、部屋を出て行った。

クレムは呆然としつつも、なにか胸にひっかかるものを感じた。

──あの声は、拗ねたとか、怒ったとかじゃない。
もっと……遠ざかっていくような、孤独の匂いがしていた。

 

***

 

ギルドでは、“あの記録”にあった【氷封の魔女】の話が、少しずつ騒ぎになっていた。

「まさか……ネーヴェ嬢って……」

「いやいや、ただの偶然だろ。でも、最近ギルドの魔道具がいくつか異常反応してるのも事実だし──」

ギルドの片隅で、冒険者たちの声がざわついている。

 

***

 

一方その頃、ネーヴェは再び“泉”の跡地へ、ひとりで向かおうとしていた。

胸元のペンダントが、もう一度──微かに、“声”を発しているような気がしたのだ。

【……ねぇ、目を覚まして。君は“あの人”じゃない】

【君は、“彼”を、傷つけたの──】

 

その声は、過去からの残響。

ネーヴェの記憶に、ようやく断片が差し込んでくる。

氷の王宮。
誓いの魔法。
血の契約。

そして──その中にいた、誰よりも優しい瞳の少年。

「ネーヴェ、君を守るって、決めたんだ」
「たとえ、君が何者でも」
……その声は。

 

「……クレム……?」

彼女は、その名前にふと心が揺れた。

だが、まだ確信はない。

 

──その頃、アベルはひとりで森の別のルートへ向かっていた。

「……誰にも、頼らないって決めたから」

けれど、足元の魔法陣に気づくのが、一瞬遅れた。

ガコン──!

「っ──な、に、これ……!」

 

***

 

物語は、ふたたび動き出す。

◆ ネーヴェの正体にまつわる記憶の断片
◆ クレムとネーヴェの過去のつながり
◆ アベルの暴走と孤立、そして……囚われ

すべてが、ひとつの場所へと収束していく──


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